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建長寺◆開山

蘭渓道隆(大覚禅師)
 開山大覚禅師は中国西蜀淅江省に生まれた。名は道隆、蘭渓と号した。
 十三歳のとき中国中央部にある成都大慈寺に入って出家、修行のため諸々を遊学した。のちに陽山にいたり、臨済宗松源派の無明惠性禅師について嗣法した。そのころ中国に修行に来ていた月翁智鏡と出会い、日本の事情を聞いてからは日本に渡る志を強くしたという。禅師は淳祐六年(1246)筑前博多に着き、知友智鏡をたよって泉涌寺来迎院に入ったが、智鏡の勧めもあって鎌倉の地を踏むことになった。
 鎌倉に来た禅師はまず、寿福寺におもむき大歇禅師に参じた。これを知った執権北条時頼は禅師の居を大船常楽寺にうつし、軍務の暇を見ては禅師の元を訪れ道を問うのだった。そして、「常楽寺有一百来僧」というように多くの僧侶が禅師のもとに参じるようになる。
 そして時頼は建長五年(1253)禅師を請して開山説法を乞うた。開堂説法には関東の学徒が多く集まり佇聴したという。こうして、純粋な禅宗をもとに大禅院がかまえられたが、その功績は主として大覚禅師に負っているといえる。入寺した禅師は、禅林としてのきびしい規式をもうけ、作法を厳重にして門弟をいましめた。開山みずから書いた規則(法語規則)はいまも国宝としてのこっている。
 禅師はのち弘安元年(1278)七月、衆に偈を示して示寂した。ときに六十六歳。
  偈 用翳晴術 三十余年 打翻筋斗 地転天旋
 後世におくり名された大覚禅師の号は、わが国で最初の禅師号である。
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