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大徳寺◆伽藍

-勅使門(重要文化財)-
 山門前にある、前後唐破風、左右切妻、屋根桧皮葺の四脚門、後水尾天皇より拝領したと伝えられる。
 平成12年、屋根等修復。
-三門(重要文化財)-
 応仁の乱後、一休禅師の参徒連歌師宗長等が一階部分を寄進、のち千利休居士により二階部分が設けられ金毛閣と名づけられた。
 山門とは、龍宝山の門、三門とは、三解脱門(空門・無相門・無作門)のこと。一端、山門をくぐり境内に入る者は、金毛の獅子となって下化衆生せんことを。
-仏殿(重要文化財)-
 当山第一世大現国師により創建せらるるも応仁の乱にて消失、一休和尚等によって再建されるも、寛文5年(1665)那波常有によって改めて建造。
-法堂(重要文化財)-
 正中2年(1325)夏、宗印禅者を檀越として修造を始める。これまた応仁の兵乱によって消失。一休和尚、仏殿を再建されて後、仏殿と兼用であった。
 寛永13年(1636)、開山国師三百年遠諱に当たり、江月和尚の参徒、小田原城主稲葉丹後守正勝、正則父子により現在地に再建。
 天井の龍は、狩野探幽35歳の筆による。
-唐門(国宝)-
 今は方丈前庭にあるが、明治の中頃まで勅使門の西にあった。聚楽第の遺構と伝えられる。
 聚楽第とは、秀吉が京都に造営した御殿で、後陽成天皇の行幸を仰ぎ天下にその威力を示した。のち関白を養子秀次にゆずり、秀次の居宅になった。のち秀次に謀反の罪をきせ断罪、聚楽第を破却した。その時、破却をまぬがれたと伝えられる。
 一名、日ぐらしの門。


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