
相国寺◆開山
夢窓疎石
九歳にして得度して天台宗に学び、後、禅宗に帰依。高峰顕日に参じその法を継ぐ。 正中二年(1325)後醍醐天皇の勅によって、南禅寺に住し、更に鎌倉の浄智寺、円覚寺に歴住し、甲斐の恵林寺、京都の臨川寺を開いた。歴応二年(1339)足利尊氏が後醍醐天皇を弔うために天龍寺を建立すると、開山として招かれ第一祖となり、また、国師は争乱の戦死者のために、尊氏に勧めて全国に安国寺と利生塔を創設した。夢窓は門弟の養成に才能がありその数一万人を超えたといわれる。無極志玄、春屋妙葩、義堂周信、絶海中津、龍湫周沢、などの禅傑が輩出し、後の五山文学の興隆を生み出し、西芳寺庭園・天龍寺庭園なども彼の作庭であり、造園芸術にも才があり巧みであった。また天龍寺造営資金の捻出のため天龍寺船による中国(元)との貿易も促進した。後醍醐天皇をはじめ七人の天皇から、夢窓、正覚、心宗、普済、玄猷、仏統、大円国師とし諡号され、「七朝帝師」と称され尊崇された。
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