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御許山 佛通寺◆伽藍

-山門-
 寛政の回禄(1796)の後、広島藩主浅野家の外護で文化年間に再興されたもの。巴紋は大檀越小早川氏の家紋。鷹の羽の打違いは浅野氏の家紋である。
-仏殿-
 佛通寺の中心の伽藍。須彌壇上には釈迦三尊像を祀る。公式的な説法問答の場である法堂(はっとう)を兼ねる。寛政の回禄(1796)の後、広島藩主浅野家の外護で文化6年(1809)に再建。
 天井の雲龍図は文化7年備中松山の画工、菅南山筆。龍は仏法の守護神であり、また雲を呼び雨を降らせるところから火難除けの意もある。
-大方丈-
 佛通寺の本堂。儀式法要、法話説法の場。
 この建物は「降魔殿(ごうまでん)」と呼ばれ、第三代管長山崎益洲老師筆の「降魔」の扁額が掛かっている。初めは毘沙門像が祀られていたが、現在は十一面観世音菩薩像が本尊である。
 この十一面観世音菩薩立像は、頭部に十の小さな顔をもち、東西南北四維上下の十方をあらわす。
 本体のお顔とを合わせて、十一面となり、宇宙世界のすべてを隅々まで見透す慈顔である。観音様の慈悲のお力は、世界のどことして及ばないところはない、その広大無辺の姿を象徴である。
 もともと開山堂前に建つ朱塗りの多宝塔の本尊として安座されていたが、大方丈内に遷座された。童子の顔を写したというこの童子観音像は、高村光雲工房の門派による作である。
-多宝塔-
 含暉院の仏殿として建立された。様式は折衷様で、桁行三間、梁行三間の一重宝形造り、本瓦葺き(元は茅葺き)である。

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