法 話

不安のありか
書き下ろし

愛知県 ・乾徳寺副住職  木下紹胤

 myo_2209b_link.jpg今年の五月、妙心寺で二週間にわたり泊まり込みで行なわれた布教講習会の三日目。どうしても法話原稿が書けず、翌日発表があるにもかかわらず、一文字も埋まらないまま、何とかしなければ、何とかしなければと焦るばかり。夜の十二時を迎えようとしたところで、そんな私を察してくださったのか、一人の監事さんが声を掛けてくださいました。
「今の自分をさらけ出せばいい、そのままの自分を吐露してみたら」

 私はその一言で、張りつめていたものがスーッと緩んでいくのを感じました。
いい法話を書いて評価されたい、他人を気にすればするほど、何もできなくなる。そうして自分をダメな奴と落ち込む。しかし、監事さんはそれでいいんだよ、そのままでいいんだと仰ったのです。
 誰しも、自分はこれで大丈夫かと不安になることはないでしょうか? そしてもっと良いもの、もっと幸せな場所を求めます。こうじゃない、そうじゃないと自分にないものを探し歩く。そうすればいつかどこかで本当の幸せが見つかるんじゃないかと。

 『無門関第四十一則』に「達磨安心」という話があります。

 インドから中国にやって来た達磨大師が、少林寺というお寺で日々壁に向かって坐禅をしていた時のこと。そこへ今の私と同じ40歳になる神光(じんこう)という僧が、それまで儒教や道教を学びつくしながらも、それらの教えに満足せず、達磨大師のもとへ教えを乞いにやってきました。季節は真冬、しんしんと雪の降る中、声を掛けても黙ったままの師の傍で、神光は決死の覚悟で自分の左臂を切断し、その片腕を師に差し出して「私の心は未だ安らかではありません。どうか私を安心させてください」といいます。すると師は、「それではその心をここへ持ってきなさい。安らかにしてあげよう」と答えました。神光は、それからあれこれと自分の心を長い間探し求めます、一説には何十年もかかったともいわれますが、その不安の正体は見つからず、結局、「その心を求めましたが、ついに得られませんでした」と言います。すると師は「お前のために安心し終わった」と言いました。
 神光は、道教も儒教も学びつくした人です。そんな神光でさえも、不安な心のありかはついにわかりませんでした。

 この問答だけを見ると、難しく思いますが、そのことを理解するのに、オランダ人で絵本作家の、レオ・レオニという方の『ペツェッティーノ―じぶんをみつけたぶぶんひんのはなし』という絵本があります。このペツェッティーノとは、イタリア語で「小さい断片」「部分品」という意味で、この本の主人公の名前です。
 このペツェッティーノは、自分とはなんてちっぽけで、なんて意味のない、なんて無力なんだと、いつも不安に思う。それで、強いものや、空を飛べるもの、速く走れるもの、泳げるものに、「僕は君の部分品じゃないか」と尋ねて回る。けれども皆、口々に「部分品が足りなくて、こんなに飛べるわけないだろう」と答えます。そして、最後に洞窟にいる賢いものの所へ行き、同じように「僕はあなたの部分品じゃないですか」と聞き、そこで粉々島(こなごなじま)へ行けと教えられます。そうして船に乗って長い間海を越えて、ようやくその島へ到着しますが、そこは木一本、草一本生えていない。とにかく生きてるものが一つもない。ペツェッティーノは、登ったり、下りたり 登ったり、とうとう疲れ果てて、なんと崖から落ちてしまいます。そしてこなごなになる。そこでやっと、ペツェッティーノは気付きます。自分もみんなと同じように部分品が集まってできていると。そうして彼は元気を取り戻して こなごなになった自分自身をかき集めて、足りない部分品は一つもないことを確かめると、ボートに乗って、もといた島に帰って、みんなと幸せに暮らしました。――という内容です。
 つまりペツェッティーノは、人と比べて、自分は誰かの部分品じゃないかと、その不安の解決を、外に求めてばかりいた。けれど、自分というものとまるごと向き合えた時、「僕は僕なんだ!」とこのままで何の不足もないことに気が付いた。その瞬間、彼は安心して島に帰ることができました。
 誰かと比較しなくてもいい、誰かになろうとしなくてもいい、そういう妄想は、自分で勝手に作り上げるものです。そういう、あれもこれもと求める心が休まった時、もうすでにここにあった幸せに気付けるのではないでしょうか。

 どうしようもないときは一つ一つ、自分の思い込みや決めつけを見つめ直すことで、ダメな自分、どうしようもない自分、悲観的な自分が、すべて本当の自分ではないことに気付くと思います。常に今の自分と向き合い、できるできないにかかわらず目の前のことに打ち込む。そこに不安や悩みはそのままに、それを苦にしない一所懸命な自分というものが見つかるのではないかと私は思います。