法 話

歩く姿に導かれる
書き下ろし

静岡県 ・東光寺副住職  横山友宏

 myo_2310a_link.jpg「ある和尚様の本を読んで、どうしてもその和尚様に会いたくなってお寺を訪ねました。そうしたら、その和尚様が参道を歩いていらっしゃったんです。その歩く姿が坐禅をしているように美しくて感動しました。ますますファンになりました。」
 興奮気味に話してくれたのは、坐禅会に参加してくれている女性でした。
 女性はその和尚様に会いたくて遠路はるばるお寺を訪れたにも関わらず、感動のあまり声をかけることができなかったこと、そして和尚様の姿に感動したからこそ、これからも坐禅を続けていこうと決意したことを語られました。

 10月5日は臨済宗の初祖である達磨大師の命日です。今でも"だるまさん"と親しまれている達磨大師は、お釈迦様から数えて28代目の祖師であり、中国に禅の教えを伝えた和尚様です。毎年10月5日は多くの禅宗寺院で達磨大師の徳に感謝し、教えを実践し、さらに後世に伝えることを誓う達磨忌(だるまき)の法要を行います。

 達磨大師が伝えてくださった禅の心は、文字では表現しきれません。このことを「不立文字」と言います。
 文字は日常の中で何か伝えるためには、とても大切なものです。しかし、実際に感じたことをいくら文字や言葉を使って表現しても、表現しきれるものではありません。温度、痛み、喜び、悲しみなど、自分自身で体験してみることでしか伝わらないことがたくさんあります。
 禅では体験を大切にします。だからと言って、文字や言葉が不要ということではありません。文字や言葉に固執したり囚われたりすることなく、実際に体験をし、あるがままに世界を見ていくことを大切にしているのです。

 先ほどの女性も、本に書かれた文字をきっかけにして和尚様に出会い、何かの説明を受けたのではなく立ち居振る舞いに導かれて坐禅を続けていくことを決意されました。

 この和尚様の日常の姿こそが、達磨大師が教えを伝えてくださった徳に感謝し、実践し、後世に伝える禅僧のあるべき姿であり、私自身も一歩ずつ歩んでいきたいと感じたできごとでした。