「今を愉(たの)しんで」
(出典:書き下ろし)
「たのしむ」には「楽しむ」と「愉しむ」の2通りの漢字が当てはめられます。共に「たのしい、たのしむ」という意味は同じですが、愉快の「愉」の字には「不安がなく心が晴れ晴れとする、喜ばしい」という意味も付け加わります。
さて、3年余り続いたコロナ禍も、5月8日に感染症の区分が2類から5類になり、少し心の重荷が取れたので、念願だった徳島の大塚国際美術館に行ってきました。久びさの飛行機に乗っての「旅」は、とても愉しいものでした。
この美術館は、世界の名画を陶板に焼き付ける手法で、本物そっくりの絵画に仕上げて展示する「レプリカ美術館」ですが、1階から5階までの全作品を観ると、約4kmにもなるという圧巻の巨大美術館でした。たった1泊2日でしたが、鳴門の渦潮や金比羅さん参りなど、初めて行くところも多く、有意義な旅でした。
話は変わりますが、終末期医療の医師・大津秀一氏の著書『死ぬときに後悔すること25』という本を御存じでしょうか?
この本の内容は、末期がん患者の終末期に「あなたの人生で後悔したことはありますか」と約1000人に尋ねたところ、おおむね25項目くらいに集約できたというのです。そのいくつかをご紹介します。
「◆健康を大切にしなかったこと。 ◆たばこを止めなかったこと。 ◆結婚をしなかったこと。 ◆子供を育てなかったこと。 ◆子供を結婚させなかったこと。 ◆仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと。 ◆家族団らんが少なかったこと。 ◆会いたい人に会っておかなかったこと。 ◆自分の生きた証を残さなかったこと。 ◆他人に優しくしなかったこと。 ◆感情に振り回された一生を過ごしたこと。 ◆悪事に手を染めたこと。 ◆自分のやりたいことをやらなかったこと。 ◆夢をかなえられなかったこと。 ◆神仏の教えを知らなかったこと。 ◆美味しい物を食べておかなかったこと。 ◆行きたい場所に旅行しなかったこと。」
(大津秀一『死ぬときに後悔すること25』目次より抜粋)
等々です。すでに亡くなられた方の言葉ですが、胸に響く内容だと思いませんか。私は、特に最後の「行きたい場所に旅行しなかった事」は、はっとさせられました。
『法句経』の一節に「人の生を受くるは難(かた)く、やがて死すべきものの、今命あるは有り難し」とあります。「人間として生を受けることはとても有り難いことで、さらにその受け難い人身もやがては滅します。そのいつの日にか滅する命が、今日もまだ亡くならずに日暮らしができている。これほど、有り難いことはない」という意味です。
私たちは、まだまだ自分の人生はずっと続くと思っています。しかしどうでしょう、一瞬の事故や天災で命を落とすことも、死を覚悟する病気になることもあります。
映画になった『余命一ヶ月の花嫁』の原作の主人公・長島千恵さんは平成19年に乳がんのため24歳で亡くなられました。その生前に残された言葉に「皆さんに明日が来ることは奇跡です。それを知っているだけで、日常は幸せな事であふれています」と言われました。さらに、友人より「千恵、毎日病院でなにやっているの?」と聞かれた時、「生きている! 生きているって奇跡だよね。もう私、元気になったらすごい人間になれると思うよ」と語られています。千恵さんは、まさに「死すべき命、今あるは有り難し」を覚られたのですね。
『死ぬときに後悔すること25』を読んでさらに感じたことは、「そのうち、そのうち」が一番よくないことだということです。
そのうち、そのうちと言っている間に気づけば、あっという間に頭の上に墓標が立ちます。だからこそ、皆さんも限られた命の中で、今を愉しんで下さい。できれば、不安がなく心が晴れ晴れとする、喜ばしい「旅」を愉しんで頂ければ、幸甚です。どうぞ、死ぬ時に、後悔がないように。