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鈴木大拙の世界シリーズ〔7〕

(出典:書き下ろし)

 ren_2208a_link.jpgお盆の時期を迎えます。今は亡き愛おしいあの方やご先祖様への感謝の心に、日本中が包まれると言っても過言ではありません。私がお預かりしている願成寺がある地域では、お盆を迎えるに当たって墓地の掃除はもちろんのこと、道路脇や自宅の周りなどの草刈りを行ない自宅にご先祖様を迎える準備に余念がありません。ご先祖様をお迎えし、ご先祖様と食卓を共にし、また親類縁者が集まって亡き方の思い出話に花が咲くことも、またお盆の素敵な光景の一つです。しかし、現在コロナ禍によってこの光景も影を潜めてしまったというご家庭も少なくないことでしょう。しかし、私たちの心の中には、必ず愛おしい方が生き続けていることもまた事実です。

 明治から昭和にかけて、その人生の全てをかけて仏教や禅の書籍を翻訳し欧米に仏教文化や禅の文化を広く知らしめた鈴木大拙居士は『禅とは何か』という自著の中で次のような言葉を残されています。

どうかして善くなれと祈れば、其処から方便というものが湧いて来て、そしてその思いが他のものに移ることが出来ると、私は宗教的に言えると思う。それを回向というのである。

(鈴木大拙『禅とは何か』より)

 相手に思いを致していくと、その相手がより善くなって欲しいと思う、これは私たちの切なる願いであることに他なりません。思いが強ければ、それが自然に言動や行動といった形となって現われ、結果として相手やそして周りにいる方でさえも善くなることを回向(えこう)と言う、と鈴木大拙居士は私たちに教えて下さっています。これはご先祖様に対する感謝を示す私たちの心の現われでもあります。

 話は変わりますが、私の両親は共働きで父も住職をしながら会社で働いていました。そのような事情で、私は同居する祖父母と時間を共にすることが多い幼少期を過ごしてきました。祖父母はそんな私に色々なことを教えてくれました。その中でも今も大切にしていることが、服の脱ぎ方です。
 「服を脱ぐ際には、必ず服が裏返しにならないように。裏返っていれば必ず直すこと」
 これは洗濯物を干す際にとても重要なのだとも教えてくれました。後年、自分が一人暮らしをして洗濯物を干す時に、この言葉の意味をよく理解しました。祖母のこの言葉は、私に相手への思いやりの心を持つことを教えてくれました。私にとっては金言です。この言葉を今では私の子供たちへも伝えています。子供たちが裏返った服を元に戻す姿を見ると、私も嬉しいですし、きっとどこかで祖母も喜んでいてくれるだろうと思っています。

 祖母の言葉が私を変えて、またそれを私が子供たちに伝え実践してくれることは、祖母が生きた証であると私は考えます。鈴木大拙居士が示して下さったように、祖母はどうか善い子に育って欲しいとの願いから、私に様々なことを教えて下さいました。これを私だけに止め置くのではなく、次へとつなげていく事が大切です。このお盆を期に、亡きご家族やご先祖様が私たちに残して下さった言葉をもう一度思い起こしてみて下さい。そして、その言葉を是非私たちの未来を担ってくれる子供たちに伝えて下さい。

 私たち一人一人の言動や行動で、周りの方々が笑顔になって下さる事、これが何よりの私たちの願いであり、その願いが通じればこれこそが回向です。そしてこれが亡き方々への何よりの供養なのです。
 コロナ禍によって、親類縁者が一堂に会して亡き方に対して共に思いを致すことが難しい現状だからこそ、私たち一人一人が自分の中にある愛おしい亡き方の在りし日の姿を思い、その笑顔のために生きていこうと思える、そんなお盆となりますことを心から願っております。

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