日々之好日
(出典:書き下ろし)
生まれつき心臓に疾患を持つU君は、訳あってお祖母ちゃんの手で育てられ、大学にまで進んだのですが度重なる入退院の繰り返しで進級も難しく、已むなく退学し地域の市役所の募集に受験し採用されました。
ところが生来の生真面目さと慎重さから勤めて間もなく一般市民からの電話への応対で、相手の市民から怒号と罵声を浴びせられ、そのことがきっかけとなって出勤ができなくなってしまったのです。市の方からの支援と勧めもあり専門機関を訪れてリハビリに専念したのですが、その間にも心臓の不調で入退院を繰り返してしていました。
いよいよ再出勤の日が決まって間もなく、病院側からの提案で心臓の弁の取り替えという大手術の話が持ち上がりました。お祖母ちゃんはU君が幼い頃から20数回に及ぶ手術を体験しているので、何とか外の方法をと難色を示したそうですが、当事者のU君は「やって欲しい」と気持ちを主治医につたえたそうです。
長時間に及ぶ手術は成功し、自呼吸もできるようになって間もなく、病院からの急報はU君が脳内出血を発症し 緊急手術に入るというものでした。手術は10数時間にも及び、医師の話では、半身の障害に加えて言語にも障害を来すというものでした。
術後、やっと自呼吸ができるようになり、言葉を発することはできないのですが動く左手でスマホを操作し、互いに画面で意志の疎通をはかっていたお祖母ちゃんとU君でした。
ところが突然呼吸が困難となり人工呼吸器の装着が知らされ、親族の見守る中で実質の最期の別れとなったのです。
スマホでの「がんばってね」、「ありがとう」の会話が最後だったようです。
眠りに着いたU君を残し病室を出て間もなくのことでした。大きな音で音楽が流れてきました。今出てきたばかりの室で何事かと叔父のYさんが室に入ったところ、U君のスマホから彼がファンだった乃木坂46の曲「サヨナラの意味を」が勝手に流れ出しており、このタイミングには皆なが驚き、顔を見合わせたといいます。
秋元康さんの作詞ですが
“歳月の流れは教えてくれる 過ぎ去った普通の日々が かけがえのない足跡と サヨナラに強くなれ この出会いに意味がある”
このことから程なくしてU君は他界したのです。
お祖母ちゃんは告別式の会葬者への挨拶で「皆さんの温かい心に触れ、支えられてきた優しい子、私はあの子の祖母であることを誇りに思い、寂しくてたまりませんがしっかり休んでくれるように願って大切な孫を、私の宝物を見送ります」とU君との別れをしっかり話しました。
29歳を”生ききった”U君、”育てきった”お祖母ちゃんの悔いも迷いもない別れを目の当たりにしました。
過ぎ去った普通の日々がかけがえのない足跡となるのは、日々を力一杯生きてきた証でしょう。今日を力一杯生きて悔いを残さない”日々是好日”とはこのような生き方にあるのでしょう。