山本玄峰老師と「心配」のすすめ
(出典:書き下ろし)
山本玄峰老師(やまもとげんぽう・1866-1961)は第21代臨済宗妙心寺派の管長や静岡県三島市の龍澤寺住職などを務められ、数多くの逸話を残す明治から昭和初期を生きた禅僧です。若くして病気によりほぼ失明というたいへんな困難に直面しますが、病気平癒を願って四国八十八ヶ所の霊場巡りを始めます。七回目の四国遍路の途中、三十三番札所である高知の雪蹊寺で行き倒れとなってしまったところを山本太玄和尚に助けられ、これが禅僧への道を志す契機となりました。
さて、この山本玄峰老師の言葉に次のようなものがあります。
心痛はしてはならぬ。だが、心配は大いにせよ。
心配は心配りとも読めます。心痛、心を痛めるというのは苦しみや困難を抱える人に対する慈悲のこころの表われではありますが、あくまで自分の中のみでわき起こり、自分の中で完結する慈悲のこころであるとも言えます。慈悲のこころを起こす事それ自体がたいへん尊い行ないではありますが、もう一歩踏み込んで、智慧を働かせて、その慈悲のこころを細かく砕いて皆なに分け与える、「心配」という行為がよりいっそう尊いのだということです。これを松原泰道師は「智慧と慈悲の溶け合った行為の実行」と例えました。
例えばお釈迦様は「応病与薬(おうびょうよやく)」という教えを説かれました。医者が病人の症状に応じて薬を処方していくように、衆生済度に当たっては一人一人の苦しみに応じて教えを説くことが必要であるというたとえです。人々の病気を治す薬も飲む量を間違えれば効果を為さなかったり、逆に毒として作用することさえあります。本当に効果的な薬を患者に処方しようと思うと、医者が患者のことをしっかり観察することが大事です。この「観察」という言葉は仏教用語としては「観察(かんざつ)」といい、ほとけの眼で物事を正しく見極めるという智慧の働きを意味しています。
慈悲の心を届けるためには相手をよく観察し、相手の心と溶け合って調和するように智慧を働かせなければなりません。だからこそ山本玄峰老師はこの心配という行ないを大いにせよ、と言われたのだと思います。
2021年8月24日~9月5日にかけて開催された東京パラリンピックの女子マラソン競技(視覚障害T11、12)にて、道下美里(みちしたみさと)選手が見事金メダルを獲得しました。道下選手にとっては5年前に銀メダルを獲得したリオデジャネイロパラリンピックに続く快挙ということになります。
そのリオパラリンピックの後に当時の伴走者が教えてくれた、「難が無いのは無難な人生、難があるから有り難い」という言葉を道下選手は好きな言葉としてあげています。リオパラリンピックの時の伴走者は青山由佳さんと堀内規生(のりたか)さんでしたので、そのどちらかがかけた言葉であると思われます。
銀メダル獲得が途方もない快挙であることは間違いありません。しかし当時のインタビューには、
「必ずメダルが取りたいと思っていたのでホッとしました。でも表彰台でスペインの国歌が流れたときは悔しさがこみ上げて、涙が溢れてしまいました。」
(「FUKUOKA PREFECTURE NEWS」より)
とあります。本人からすればやはりどこかに悔しい気持ちがあったことは想像に難くありません。その悔しそうな姿を一番近くで観察していた伴走者だからこそ、その信頼関係の中でかけられる言葉があったのだと思います。
「心配」というのは単なる自分の思いの押しつけではありません。相手のことを本当によく観察して自然と行動に現われてくる「まことの心」です。自分さえ良ければそれで良い、という自己中心的な視点から離れて自分の周りの人々に慈悲のこころを傾けていく。慈悲のこころを持って相手のことを一所懸命に観察し行動に移していくことを日ごろから心がけていけば、それは間違いなく私たちが悟りの岸辺へと至る道につながっていくのです。