春彼岸
(出典:書き下ろし)
「江国(こうこく)の春風(しゅんぷう)吹けども起(た)たず」
これは、碧巌録第7則に出てくる頌の一節です。
江国は揚子江の南の地方です。そこにうららかな春風が吹きわたっています。しかし、春風は目に見えません。人間の心というものも目に見えませんが、様々な場面で現われてまいります。心は、その人の言動に現われるのです。
一つの例が落語の「厩火事(うまやかじ)」です。「厩火事」というのは、
亭主に愛想が尽きた、と、相談に来た女房に対して、仲人が、
「孔子は、厩(うまや)が火事になって大切にしていた馬が焼死した時に、門弟や家人の体のことを気遣い、馬のことには一言もふれなかった」。
「さる屋敷の旦那は、女房が階段で転んで大切な瀬戸物を割った時、瀬戸物の心配をしたが、ケガの心配をしなかったため、女房が実家へ帰り離縁することになった」。
という二つの話をして、
「お前の亭主も瀬戸物に夢中だという。亭主が大切にしている瀬戸物を割って、お前の身体を心配するか、瀬戸物の心配をするかたしかめてみよ。もし、瀬戸物のことばかり心配するようなら見込みがないから別れよ」。
とアドバイスされ、女房は言われたとおりに亭主が大切にしている瀬戸物を実際に割った。
さて、その結果は・・・。(この続きは実際に落語を聞いて下さい。)
先日、家族の運転する車が後部を破損してしまいました。操作ミスでした。カベにぶつかり、車のバンパーが凹む程度ですみました。その時、私は「厩火事」という落語を思い出し、「ケガはなかったかい?」と身体を気遣う言葉をかけました。しかし、自分の車がキズつけられて、修理代のことが頭をよぎったのも事実です。
「損か得か。好きか嫌いか。善か悪か」。物事を判断する基準は人によって様々です。
「こころ」はだれにも見えないけれど「こころづかい」は見える。
「思い」は見えないけれど「思いやり」はだれにでも見える。
これは、今から10年前、東日本大震災が発生した頃、テレビから流れていたACジャパンのコマーシャルです。宮澤章二さんの「行為の意味」という詩から抜粋したもので、「こころづかい」や「おもいやり」の大切さを思い起こさせてくれる詩です。
現在、新型コロナウイルスの感染拡大が懸念される不安な世の中です。
春の彼岸にあたり、お墓へ参り、ご先祖様を供養することによって感謝の心を養い、「亡くなった方のため、ご先祖様のために」という気持ちを「家族のため、周りの方々のため、全ての方々のために」と、どんどん広げていってもらいたいと思います。
「その気持ちをカタチに」(ACジャパンのテレビコマーシャルより)
まず、自(みずか)ら行動を起こしましょう。