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秋の月明りのもとの曳山囃子

(出典:書き下ろし)

myoshin1410b-1.jpg 毎年10月の午後8時ぐらいになると山門前のお稲荷さんから聞きなじんだ音色が響いてきます。「ドンドンドド ドンドンドン」と太鼓と笛と鉦(しょう)を奏で、毎晩唐津くんち(おまつり)に向けて、小さな子から大人まで町衆が集い囃子の練習をしています。今日の唐津くんちの形態になったのは、一番曳山(ひきやま)の「赤獅子」が文政2年(1819年)唐津神社に奉納されてからのことであります。以後、明治9年(1876年)までに、漆の一閑張りと呼ばれる技法で制作された14台(当初15台ありましたが、1台消失)の巨大な曳山が、囃子にあわせ、法被姿の曳子(ひきこ)たちが「エンヤー、エンヤー」「ヨイサー、ヨイサー」の掛け声とともに、11月2、3、4日の三日間、唐津市内の旧城下町を練り歩きます。
myoshin1410b-2.jpg 幼少の頃からこの時期になるとわくわく、ソワソワします。唐津っ子は、このおまつりを中心に一年が動いているといってもおかしくありません。弊寺の門前の町の曳山は七宝丸といい、明治9年10月に製作され、龍頭と赤い火焔が印象的な船型の曳山です。私は15台の勇壮華麗な曳山の中で一番好きなのがこの七宝丸です。それが確固たるものになったのは、曳子の背に描かれている肉襦袢が雲龍の絵柄で、本山である妙心寺法堂の雲龍図に似ているからです。私の勝手な憶測ですが、おそらく約140年前に門前近くの当時の檀家さんがお伊勢参りの道中に本山である妙心寺にお参りし、法堂天井の八方睨みの龍を見たのがもとになっているのではないかと…。
 秋が深まり空気の澄みきった月明りの下で、曳山囃子を聞きながら、本山妙心寺とのつながりを感じ、空想に耽るのでした。 

今人(いまのひと)は見ず古時(こじ)の月。
今月(このつき)は會(かつ)て古人(こじん)を照らす。  李白

 今の世の人は、古い世の月を見たことはないが、今の世の月はかつて古い世の人々を照らしています。
 三島龍澤寺の中川宋淵老師にも 

たらちねの 生れぬさきの 月明かり

の名句を残されています。
 父母が生まれる以前の月明かりに思いを馳せる。なされてきたことを知り、感じてみましょう。皎々(こうこう)と輝く月の光は、不変であります。
 今宵もやさしく私たちを照らして下さるお月さまのもとで、各町の人達は繰り返し情緒を添えて囃子を演奏しています。唐津くんちの本番の前には、曳子は曳山を曳ける歓びに感謝し、怪我が無いように無事に曳けますようにと、仏壇の前で手を合わせてから家を出ます。「エンヤー」「ヨイサー」と勇ましく声を上げ、唐津の町は熱気に包まれ一番の賑わいを見せます。

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