露に思う
(出典:書き下ろし)
近年、夏の訪れが早く、しかも長くなって、おまけに秋が短くなったとの印象を持ちます。6月に入梅すると、以前はしとしとと長雨が降っていたものです。それが今では集中豪雨か空梅雨か、ということになってしまいました。しかしそれでも雨が降る時には、露草の花弁の青が一層鮮やかに映えます。とりわけ雨後の露が露草の花弁に宿る時、日の光を受けてキラキラ輝くさまは本当に美しいですね。しかしその美しさは長く続きません。露のいのちがはかなく、すぐに蒸発して消えてしまうからです。
弊寺は、同じ玉野市内にある禅寺・久昌寺の別院として平成元年にスタートし、同18年に寺院設立しました。その久昌寺の二十世であり、また弊寺開山住職でもあった豊岳明秀和尚は、「露」に関して平成7年に、「戦後五十年の節目に脳梗塞の発作に見舞われ、幸い軽微な症状ですみましたが、夢まぼろしの世の中に露のいのちをいとおしむ毎日が、これからあの世までずっと続くのだ、という諦観の明け暮れなのであります。」と言ったことがあります。また、お参りバスのご一行が予定より1時間以上遅れて到着されたことがありました。明秀和尚は山門の下でずっと待っていました。きっとお参りの方々の来訪を「露のいのちをいとおしむ」ような気持ちで待っていたのでしょう。笑顔を浮かべながら待っていた和尚を見たお参りのご一行は、大変びっくりされながらも大層喜ばれました。 また、「露」の字を含む禅語に「明歴々露堂々(めいれきれき ろどうどう)」があります。「明らかなことは歴然としていて、露(つゆ)が堂々としている」と受け取ってしまいがちですが、ちょっと待って下さい。冬、外気温が下がった時、窓の室内側には露(つゆ)が結びますね。空気中の目に見えない水分があらわれてきて結露します。露には「あらわれる」という意味があるのです。ですからこの禅語は「明白々赤裸々で一点かくす処なし。露はアラワレル意。(『禅林句集』)」ということなのです。この禅語に関して、次のような明秀和尚のエピソードがあります。
平成20年10月26日、弊寺で行なわれた御詠歌の稽古の時、床の間にかけてある、自身が揮毫した掛軸の禅語「明歴々露堂々」を見て、破顔微笑しながらこう言いました。「めいれきれき、ろどうどう、かぁ。ありゃ、久昌明秀となっとりますなぁ。久昌明秀いうたら私のことですがぁ。桃栗三年柿八年、達磨は九年、わしゃぼけ通しですらぁ」これを聞いた一同は、思わずどっと笑いはじけました。
明秀和尚はこの三ヶ月後に世壽八十八で遷化しました。自分の認知症の症状が進んできても、何も隠すことなく臆することもなしに、全てをさらけ出していました。そして時には自分を客観化し笑い飛ばすユーモアも発揮しました。このようにして人生の最晩年に、「明歴々露堂々」の境涯を周りの者たちに示しました。