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中尊寺ハスが語る歴史

(出典:書き下ろし)

rengo1108.jpg  このたび、岩手県の“平泉”がユネスコの世界遺産に登録されることになりました。このことは、東日本大震災によって沈んだ心に、一筋の光明となるでしょう。
 平泉の中尊寺の金色堂には、藤原三代(清衡・基衡・秀衡)が祀られています。昭和初期の学術調査の折、秀衡の棺の脇に一個の首桶(四代目泰衡公)を見つけました。その中には80粒ほどの蓮の種が入っていたのです。中尊寺の僧は、何故首桶の中に蓮の種なのか疑問を抱いていた時、俳誌の中の一句が眼に留まったのです。

逆縁の 棺に 母の種袋       間渕うめ子

 この「種袋」という言葉に釘付けになりました。この句の作者はどういう思いで種を棺に入れたのだろうか。早速、中尊寺より作品の背景を尋ねる手紙を送りました。間渕さんからの手紙には、
「私は秋田の出身です。この地方ではたとえば美味しいかぼちゃが採れると、その種を袋に入れて柱に吊るしておく、という風習があり、咄嗟の思いでその種袋を、母より先に亡くなった兄の棺に入れてあげたのです。せめてあの世でこのかぼちゃの種を蒔き、後から逝く母を待っていてほしい。愛し子の棺におもちゃやお菓子を入れてあげるのと同じ気持ちで、母に成り代わって納めてあげたのです。」とのことでした。
 中尊寺の僧はその手紙を見るなり、首桶の中の蓮の種子の謎が解けたのでした。せめて西方浄土に往生させてあげたい。この蓮の種があれば…。「一蓮托生」の契りを願い、蓮の種を首桶の中に入れたに違いない。しばらくして再度間渕さんからの手紙。

 「ところで、母の一周忌の折、村の古老から昔の弔いのことを聞きました。それは大事な人の棺には必ず七種の種を入れて葬るのが古くからの例(ならわし)だったとのこと。私の行為は“祖霊の声”だったのです」。

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