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彼の岸に咲く花

(出典:書き下ろし)

 秋彼岸。田んぼの畦や川の土手が所々燃え上がるように真っ赤に染まります。彼岸の頃に咲くから彼岸花(別名:曼珠沙華)というのだとか……。

つきぬけて 天上の紺 曼珠沙華  山口誓子

 秋の突き抜けるような青空の下、彼岸花がすっくと立つその姿は美しく、力強く、凛々しく感じられます。
その姿に惹かれてか、子供の頃、学校からの帰り道に私もよくその花を手折って帰ったものです。あちらで1本、こちらで2本、仕舞には両手に持ちきれないほどの彼岸花を手に家に帰り着くと、決まって怒られました。「そんなにたくさんカエンソウ(火炎草)なんか採ってきて!家が火事になるよ!」。
 彼岸花は大変多くの別名を持つ花ですが(一説には1000以上)、その多くは負のイメージが強いものだとか・・・。死人花、地獄花、幽霊花、葬式花、墓花、剃刀花、狐花などなど、日本人はあの赤い花に怪しさと不気味さを感じてきたのです。根から花まで『リンコン』と呼ばれる毒を含んでいることもあるでしょう。彼岸花というのも「これを食べたら彼岸(死)しかない」というからだという説もあるのだとか?
ところで、その別名の一つにハナシグサ(葉無草)というのがあるそうです。花の咲く時期に葉を見ることがないからだそうです。
 秋雨が降り、やがて彼岸という時期になると田んぼの畦には蕾をつけた彼岸花があっという間にスクスクと伸び立ち並びます。そして、あの燃えるように真っ赤な花を咲かせるのです。その栄養はもちろん地下の球根に蓄えられていたもの。けれどその栄養はいつ蓄えられたのでしょう?
 答えは花の枯れてしまった後にありました。球根から今度は緑の葉がスクスクと伸びてくるのです。彼岸花は冬の弱い日差しの中、せっせと光合成をして春を迎えます。そして周囲の植物たちが芽を出し、日差しを求めて争うように伸びる頃になると、彼岸花はその場所を譲るように葉を枯らすのです。

自未(じみ)得度(とくど)先渡他(せんどた)

 自分が救われるより前に、まず他の人々が救われるようにするという菩薩行をあらわす言葉です。夏の燦燦と降りそそぐ日差しを周囲の植物たちに譲り、自分は弱い冬の日差しで満足している彼岸花。その姿は自分よりも先にまず他のものをという菩薩行を見るようで、何だかこころが安らぎます。彼岸とは安らぎ(悟り)の世界。そんな安らぎを与えてくれる彼岸花は、まさに彼の岸に咲く花。もっとも、彼岸花は露ほどもそんなことを思ってはいないでしょうが・・・。
 普段、此岸(迷いの世界)に住む私たちですが、此岸にも彼の岸の花が咲くのです。此岸こそ彼岸、一年に一度、燃えるような赤い花がそれを教えてくれるのです。

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