涅槃会に思う
(出典:書き下ろし)
千利休の言葉に、「稽古とは、一より始め十を知り、十よりかえる、元のその一」があります。初心を大切にしつつ多くを学んだ上で、慢心せず根本に返り、さらに新たな一歩を踏み出す時、技は自分のモノとなるのです。人生も同じではないでしょうか。
二月十五日、仏教徒にとって大切な涅槃会があります。お釈迦様が亡くなったこの日、仏教徒は、お釈迦様の生前の徳に手を合わせ自らを正すのです。
お釈迦様は死に際し、悲しみのあまりに嘆き、まるで自分を失っているかのような弟子たちに、最後の教え「自らを灯とし、自らを拠り所とせよ。法を灯とし、法を拠り所とせよ、他を拠り所とする事なかれ」と示されたのです。
これが涅槃会の教えですが、この大切な節目を忘れていないでしょうか。
私達は、移ろいゆく世間の常識に流され、時として自らを迷わせます。まずは自分を省みる事が大切です。
先日、相田みつを美術館に行った帰路、飛行機で隣になった方とお話すると、東京の研究所でタンパク質などの難しい研究に取り組んでいるとの事でした。周りの期待に応えようと頑張ったそうですが、持ち前の熱心さのあまり結果に拘り、人間関係に迷い鬱病になったそうです。仕事を一時離れ治療に専念し、本来の自分と向かい合い、やっと心が落ち着いたので、この休みを利用し大学の研究室を訪ねて、教授や仲間との再会を楽しんだ旅行だったようです。
その時私は、相田みつをさんの「一とは原点・一とは自分」の作品を思い出し、悩んだ時は、原点に帰り初心を思い出す事の大切さを、皆な心の底に持っていると感じたのです。
二月十四日は国民的イベント、心騒ぐバレンタインデーです。そして、その次の日が涅槃会である不思議な巡り合わせを考えて欲しいのです。生有るものは必ず死す。愛する者とは必ず別れる。故に、いかに生きるかを説く涅槃の教えに心静かに向かう時、愛を育むための今すべき事が見えてくると思うのです。
人生において、先を考え策を弄するのではなく、目前の一つ事に真心を込める邪念無き行ないは、心を育てます。心豊かな人は他の憂いや思いやりに気づき、共生の新しい一歩を踏み出すのです。
涅槃会を忘れず教えを頂き実践する時、よいバレンタインを迎える事ができると思うのです。
カット 左野典子