酒は天の美禄なり
(出典:書き下ろし)
夏の盛りに父は亡くなりましたので、暑さが増してくると父を思い出します。
父は酒が好きで、それこそ浴びる程飲んで、傍若無人の振る舞いをしてよく失敗していました。私には兄弟が多く決して生活が裕福ではありませんでしたので、父の深酒が嫌で勢い父との折合いはよくありませんでした。
それなのに、亡くなって十五年もたつと実になつかしくなります。そして、また生前の父の口癖に助けられてもいます。
父は大酒飲みでしたが、不思議なことに日が暮れるまでは一滴も口にしませんでした。
「酒は天の美禄なり」と言うのです。どこで覚えたことばかはわかりません。美禄はいい給料という意味のはずですが、父は天からのご褒美と言うのです。ですから、お天道様のあるうちは一生懸命働き、そのご褒美としてお酒をいただくものなのだと信じていました。働かずして酒を飲むのは、空骨(からほね)病みと斥けていました。空骨病みは古いことばで、怠け者のことです。
父は国鉄職員でしたが、私はご縁をいただいて仏門にはいりました。
住職になって気がついたのですが、僧侶は実にアルコールを口にする機会が多いのです。
また私たちは、喜びにつけ悲しみにつけ、暑いから寒いからと言ってはお酒を飲むのです。このままではからだをこわしてしまう・・・と心配になった時に、父のことばを思い出しました。お酒はやめることは無理だとしても、日没まで飲まないことは可能ではないだろうかと。それ以来、暗くなってからアルコールを口にするようにしています。意外にも、父の口癖の「酒は天の美禄なり」は私にとっても至言だったのです。
戒めを守ることは、意志の弱い私にはなかなか難しいものです。でも一線を引いて、ここからは・・・と決めると案外うまく行きます。戒は幸せへの第一歩にちがいありません。