牡丹に唐獅子 竹に虎
(出典:『南禅』平成11年1月号)
南禅寺―穏やかな東山の緑につつまれ、こけら葺きの方丈から、虎の児渡しで有名な庭園を望む広縁の頭上に、左甚五郎作の両面透彫の欄間があります。
その図柄は「牡丹に唐獅子、竹に虎」という、古来より耳にし目にする絵図ではありますが、そこに彫り込まれているメッセージは、
あなたの依所は、何んですか。
あなたが安心して身を寄せられる安住の地は、どこに在りますか。
透彫の小さな空間から、我々に発せられる問いであります。
獅子は、百獣に君臨する王といわれます。その無敵の獅子でさえ、ただ一つだけ恐れるものがある。それは、獅子身中の虫です。我身の体毛の中に発生し、増殖し、やがて皮を破り肉に食らいつく害虫です。しかし、この害虫は、牡丹の花から滴り落ちる夜露にあたると死んでしまいます。そこで獅子は夜に、牡丹の花の下で休みます。獅子にとっての安住の地が、そこに在ります。
また、アジア大陸の広域に生存する虎も、猛獣ですが、その数5千頭から7千頭と、将来絶滅が心配されています。虎は、象には勝てません。群をなした象には、歯が立ちません。そこで逃げこむ処が竹薮の中です。巨体は竹薮に入られず、また、竹薮に入ると、象牙にヒビが入ります。
その昔、杣人は、象牙のパイプを竹薮へは持って入らなかったということです。青竹に象牙は禁物です。従って、虎には竹薮が何よりの安全地帯であり、依所であります。
牡丹に唐獅子 竹に虎
三百数十年の時を越え、
「あなたにとって、依所となる安住の地は何処ですか。」
と問いかけます。
おのれこそ/おのれのよるべ
おのれを措きて/誰によるべぞ
よく調えし/おのれにこそ
まこと得がたき/よるべをぞ獲ん 友松円諦訳「法句経」より
お金や物や地位、名誉、頼りになりそうで却って、無明の世界へ迷い込んでしまいます。「頼りになるのは自分だけ」というのは、自我のおごりです。その自我の奥にある『もう一人の自分』、調整を必要としないもう一人の自分-仏心-に、めぐりあえて初めて、まこと得がたき依所となる、安住の地が得られるのであります。