実録 猿蟹合戦
(出典:『花園』平成2年7月号)
昔々、猿は自分の拾った柿の種と、蟹の拾った握り飯を言葉たくみに交換した。その時蟹は思った。「お握りは、食べたときはお腹が服れて満足できるが、直にまた欲しくなる。それにひきかえ柿の種は、土に蒔いて手入れをしてやれば、やがて大きくなって沢山の実をならす。またその実の種が何本もの木になり、更に多くの実をならす。そうすれば後のものも喜ぶし、柿も喜ぶに違いない。あぁ換えてよかった。」と。
やがて何年かたち、待った甲斐あって、柿は沢山の実をつけた。それを知った狡い猿は、その柿の実をひとり占めにしようとして、蟹をだまし暴力まで振るった。蟹の訴えでこれを知った臼は、「弱いもの苛めをするとは怪しからん。俺は食べものを作る道具の代表として黙ってはおれん。何とかして悪い猿めを懲らしめてやらねばならん」と考え、友達の蜂と栗に相談をした。蜂は怒っていった「そもそもあの柿の実がなったというのも、わしら多くの仲間が、柿の花から蜜をもらって、お返しに花粉を運んでやったからのことだ。栗君はどう思う」「蜂さんのいうとおりだよ。わしらも随分あんた達の力を借りて実を結び、猿どもにも提供しているんだ。それなのに、ひとの育てた柿をひとり占めするとは、もっての外だ。自爆してでも、蟹に代って猿にひと泡ふかせてやらねばならん。」
というようなことで、臼、蜂、栗の三者による猿に対する懲罰が承知の如く行われた次第である。
このニュースは忽ち電波に乗せられて全世界に報道され、一大センセーションをまき起した。と書けないのは甚だ残念である。
しかしこの童話を、このようにみてくると実に示唆に富んでいて、現代社会の縮図を見るようである。蟹は徒らに目前の名利にとらわれず、また高度成長のみに走らず、眼を高く掲げて周囲の情勢を判断し、たとえ横這いでも安定した歩みを着実に進め、しかも己れの甲羅に合った住まいで満足する。これこそ彼の徳というべきものである。と思うがイカニ。
註 猿蟹合戦の童話は種々あり、地方によって登場するものや、内容に異りをみるが、いまは巌谷小波の再話によった。