心の時代 1
(出典:『恵日』平成 元年7月号)
「花さき山」という故斉藤隆介さんの名作があります。
この物語は、あやという少女が祭りの山菜をとりに山に入り道に迷ってしまい、そこで山姥と出合います。そこには少女の足元一面にいままであやが見たこともない美しい花が咲き乱れていました。そこで、山姥は少女にどうしてこの花がこんなにきれいに咲くのかを語って聞かせました。
この花はふもとの村の人間がやさしいことを一つすると一輪の花が咲くのだという。あやの足元に咲いている花はきのうあやが咲かせた花だ。きのう、妹が祭りの着物を買ってくれと母親をこまらせたとき、あやは家が貧乏で二人に祭り着を買ってもらえないから妹に買ってやってくれ、といってじっと辛抱した。あやが切ない思いで辛抱したことで母親はどんなにか助かったか。妹はどんなにか喜んだことか。しかし、このあやの咲かせた赤い花はどんな祭りの晴れ着よりもきれいだった。
山姥はこのようにこちらの花、あちらの花と、花を咲かせた子供たちの心情を少女に語った。そして、それは花ばかりでなく、あの山だってそうなのだといいます。少女は山姥からそんな不思議な話を聞いて、山から帰ってくると、家のものに山姥から聞いた話をしますが誰も信じてくれません。そこで少女はもう一度山へ行ってみるが、もう山姥にも、あの美しい花花も見ることができなかった。けれども、少女は、その後、じっと独り辛抱したり、やさしいことをしたとき、「あっ、今、おらの花が咲いているな」と、思うことがあった。
斉藤さんはこの話の中に、仏教の大切な教えの一つである、六波羅蜜[ろくはらみつ]の教えを織り成しています。つまり、
1) 布施[ふせ] 足らないところを与えましょう。
2) 持戒[じかい] 社会のきまりを守りましょう。
3) 忍辱[にんにく] 欲張らず辛抱しましょう。
4) 精進[しょうじん]清く励んで生活していきましょう。
5) 禅定[ぜんじょう]たえず気持ちを落着けましょう。
6) 知恵[ちえ] 仏心の種を蒔きましょう。
の教えです。そして、辛抱という名の、わずかばかりの自己犠牲が、自分も、また周囲をも豊かにし、それが本当の幸福なのだ、ということをこの「花さき山」は私たちに教えていてくれるのです。