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雨風雪はもののかずかは

(出典:『花園』原稿(令和6年7月号))

 ご近所に住むMさんは御年八十九歳。この方はたった一人なのに劇団を名乗り、各地で出前公演を続けるパワフルおじいさんです。演目は手品、皿回し、コマ回し、南(なん)京(きん)玉(たま)すだれ、ガマの油売り、ハーモニカ、アコーディオン、安来節、黒田節などなんでもござれ。道具一式を車に積んで東奔西走。毎年百日以上、多いときは百五十日も公演に出歩いておられます。
 以前、私どものお寺でもこのMさんをお招きし、本堂で公演会を行ったことがありました。
 私はその時、心を打たれました。芸の素晴らしさにではありません。芸に向き合うMさんの姿そのものにです。Mさんのステージは笑いにあふれています。コマを回そうとしてゴロゴロっとそのコマを客席まで転がしてしまったり、手品の種がちょっと見えてしまっていたり……。でもみんなはその様子を温かく見守ります。そして失敗してもMさんはめげません。むしろ話術がだんだんと冴えてきます。「はい、次はすごいよー、いよいよ見せ場だよー」、と最後は肩で息をし、声がかれるまで、会場を盛り上げ続けます。大盛況のうちにMさんの出前公演は幕を閉じ、観客はみなニコニコ笑顔で帰っていきました。
 その日、後片付けを手伝いながら、元気の秘訣を尋ねました。
 すると、「和尚さん、わたしの命はひろったものだから」、と。聞けば警察官であったMさんは五十八歳の時に、急性心筋梗塞で危うく命を落としかけたそうです。そして大手術の結果、一命は取り留めたものの、現在も心臓に重い障害を抱えているとのこと。そして一言、「生かしてもらった儲けもんの残りの人生は全部人のために使わないと」と。私はハッとしました。それがMさんのパワーの源だったのです。退院後、警察を早期退職したMさんは、独学で大道芸や手品の技を磨き、現在の活動に至ったのです。
Mさんは大病をきっかけに本当の自分を見つめ、人生で何をなすべきかに気づいたのです。だからこそ、悩み、苦しんでいる人の力になりたい、少しでもみんなを笑わせ、元気にしたい。そのために自分の残された人生を費やすのになんのためらいもないのです。

火の中をわけてさえ聞く法の道
雨風雪はもののかずかは

 この和歌は妙心寺の開基である花園法皇の作と伝わります。吹雪の中、修行のために大徳寺の大燈国師のもとに向かおうとされる法皇を心配し、従者は止めにかかります。「陛下、雪が降って寒いですからお身体に障ります。夜道は暗くて危険です。どうか、本日はおでかけをお控えください」と。その時に法皇が詠まれたのがこの和歌です。法とは仏法のこと。仏への道を歩み、禅の修行をするためには、たとえ火の中をかき分けてでも進まなければならない。雨風雪なぞに負けるわけにはいかぬのだと。
 仏法を学び、禅の修行を通して悟りを開き、人々を救いたい。花園法皇の純粋でまっすぐな思いが、後に自らの離宮を禅寺へと改めることになり、それが妙心寺となって法皇のお心を現代まで伝えているのです。
 暑いから、忙しいから。とかく私たちは理由を付け本当の自分から目をそらし、今やるべきことを先延ばしにしがちです。でも仏道を歩む私たちは、学び続け、気づき続け、そして今、ここで自分にできることを大切に行じ続けることが肝要なのではないでしょうか。

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