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正義のヒーローとは

(出典:書き下ろし)

 私は、空いた時間ができると映画をよく見るようにしています。最近は動画配信サイトなどで古いものから最新のものまで気軽に映画を楽しめるようになりました。シリアスなものも良いですが、スーパーヒーローが出てきて敵を倒す90年代アクション映画は、私にとっては懐古的でよく鑑賞しています。
 ストーリーは、正義のヒーローと悪役がハッキリと分かれ、ラストは正義のヒーローが勝利するというものが大半でした。幼き頃はハラハラ・ドキドキ、ラストは気分爽快と、もろ手を上げて喜んでいましたが、今、改めてこのような映画を見直してみますと、ふと疑問を抱くようになりました。それは、果たして主役は本当に正義のヒーローなのか、本当の正義のヒーローとは何なのかというものです。

 アンパンマンの作者、やなせたかしは戦争経験者として著書の中でこのように言っています。

「正義はある日突然逆転する。逆転しない正義は献身と愛です。それは言葉としては難しいかもしれないけれど、例えばもしも目の前で飢えている人がいれば一切れのパンを差し出すこと。」

(やなせたかし『わたしが正義について語るなら』より)

 昨日まで正しいとされていたことが敗戦を機に間違っていたと教えられ、やなせたかしは真の正義とは何なのかと考えました。そして困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場や国に関係なく正しく、絶対的な正義なのだと確信したそうです。
そして、アンパンマンが生まれたきっかけとして

「ヒーローは悪い奴をやっつけるけど、ひもじい人を助けるというのはないんだよね。だから自分が物語を描くんなら、ひもじい人を助けるヒーローをつくろうと思っていたんです。それがアンパンマンを描き始めた動機なんですね。」

(やなせたかし『何のために生まれてきたの?』より)

と語っています。

 アンパンマンは、ばいきんまんを退けはするが、徹底的にやっつけたりはしません。そして、自分の顔であるアンパンをお腹が空いている者に分け与えています。

 仏教には「布施」という言葉があります。一度は聞いた事があるのではないでしょうか?
 六波羅蜜という大乗仏教で説かれる六つの修行方法の一つで、「施しをすること」「与えること」という意味です。私もかつて雲水という修行僧の頃は、街中を托鉢してお布施をいただいておりました。その時先輩から教わったことは、布施する者も布施される者も見返りを求めないということでした。布施というと法要や読経の対価というイメージが強いかもしれませんが、布施という行為は、無償の行為でなくてはならないのです。
 アンパンマンが自分の顔を分け与えひもじい人を助ける行為もまた「布施」といえます。

 アンパンマンがまだ小さい頃、困っている人を助けたとき、胸のなかがほかほか、暖かくなることを知ったことが、みんなを助けるきっかけになったそうですが、彼は顔を分け与えた者に決して見返りを求めないのです。
 そして時に傷つきながらも献身的に愛と勇気でただひたすら他者を助ける彼の姿こそ本当の正義のヒーロではないでしょうか。超人的で絶体絶命のピンチを救ってくれるヒーローばかりが正義のヒーローではありません。たとえ目立たなくとも、ほんのささやかな親切を惜しまない人もまた誰かにとってはヒーローなのです。

 布施には物を施す行為の他に笑顔や思いやりのある言葉をかけること等、身近な行為も含まれています。あなたのすぐ側にもそのような布施の行為を実践している正義のヒーローがいるのではないでしょうか? そして、あなたも正義のヒーローなのです。
 やなせたかしは、自身の楽曲のなかでこのように作詞しています。
 「アンパンマンは君さ」と。

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