「二つの本尊様」
(出典:書き下ろし)
「こちらの御本尊様の御利益(ごりやく)は何ですか」先日、御朱印を受けに参拝された方から何気ない質問を受けました。一般的に禅宗のお寺では、あまり御本尊様の御利益をいいません。坐禅を重視する禅宗のお寺において、御本尊様の御利益とは、どのようなものなのでしょうか。
大徳寺開山、大燈国師『仮名法語』に達磨大師の次のような問答があります。
ある人が達磨大師にたずねた。「仏様は皆なにお寺を作らせ、仏像を建立させて、焼香礼拝させ、毎日仏様を拝ませて、これで皆な仏道を実践していると説かれていますが、これが本当の仏道修行でしょうか」達磨大師が答えて言われた。「仏様の説かれる教えには様々な方法があるのだ。すべての人が、機根・能力がすぐれ、真実の教えをすぐに悟ることができるわけではない。そこでまずお寺を作らせ、仏像を建立させて、まず仏様とのご縁を結んでおけば、いつか必ず本当の仏様を見ていただけるようになる。このように説いておられるのだ。では本物のお寺とは何か。あなたの心の中にある、行き過ぎた欲望であったり、身勝手な怒りであったり、正しく物事が見えていない愚かさ、といった心の汚れを除き、目や耳、鼻、舌、身体、心などの6つの感覚器官を清め、身体と心が調って内側も外側も清らかな状態であることを本物のお寺というのである。さらにお寺の御本尊というのは、あなたの心を通じて、仏様が明らかに現れるのを本当の御本尊という。ただ誤った心のはたらきをぬぐいさえすれば、御本尊は現れるのだ。これが真実のお寺を作り、本当の御本尊様を建立する人というのである」達磨大師はこのように説かれたのだ。だからお寺を作り、仏像を建立すれば、その功徳によって必ず真のお寺に到り、本当の御本尊様にお目にかかることができるのは間違いない。心の仏様という名前で外に求めてはならない。
大燈国師の『仮名法語』によれば、お釈迦様がお悟りになった仏様の心「仏心」とは、誰でも持って生まれたものであるけれども、なかなかその尊さに目ざめ、実践することは難しい。そこでまず機縁として「仏像」を建立する。これを「有相の本尊」といいます。また仏道修行によって仏心に目ざめ、その心を実践して生きていくことができたならば、それが「無相の本尊」であります。「有相」と「無相」という二つの本尊様の両輪のようなはたらきによって、今、ここに極楽浄土は現前するのです。
二つの御本尊様の御利益によって、皆様が素晴らしい人生を送られますことを祈念申し上げます。