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「一日一日を大切に」

(出典:花園誌1月号 おかげさま)

 子どもの頃、よく近くの小川や堰に魚取りに行きました。網やざるで、ふな泥鰌どじょうなどをすくいました。雨の降った後などは、小川や堰の水があふれて、草むらや土の上にばたばたしている魚を手掴みで取ることもできました。
高校生になって、「漢文」の授業で「轍鮒てっぷ」のことを教わり、子どもの頃の魚取りを思い出しました。中国の古典『荘子』に出ていることばですが、何かの理由で、車のわだちにできたわずかな水たまりに鮒が泳いでいます。水が干上がってしまえば、やがて鮒の命が絶えてしまいます。とても危険な状態です。
『法句経』のなかに「少水しょうすいうおに何の楽しみか有らん」とあります。「轍鮒」と同じような場面だと思います。少ない水ではやがて魚も窒息死してしまうでしょう。いのちのはかなさを感じられてなりません。

興祖微妙大師さまは、このことばを組み替えて、「少水の魚に楽しみ有り」と、墨蹟に残しておられます。価値の転換といってよいと思います。
微妙大師さまは、鎌倉時代から建武の新政を経て、南北朝に至る時代を生きられました。日本の歴史でもまれに見る激動の時代を生きられ、やがて禅の修行に入られ、お悟りを得られました。
少水の魚に何の楽しみもないと思われる厳しい時代相のなかで修行をされておられましたので、このことばを捉え直して、少水の魚であっても生きていく楽しみがあると気づかれ、私たちを励ましておられるのだと思います。
さきにあげました『法句経』に、「ひとしょうくるはかたく、やがて死すべきものの、いま生命いのちあるは有りがたし」ということばがありますが、私たちの生命は「少水の魚」と同じだと思います。それゆえに一日一日しっかり充実した生き方をしていくことが大切であると思います。微妙大師さまの「楽しみ有り」です。

秋のある日、私は高校時代の恩師、J先生が入院しておられると聞いて、お見舞いに行きました。先生は以前に比べて少し瘦せられたように思いました。長く野球部の監督を務められ、精気渙発せいきかんぱつ、いつも日焼けしておられる方でしたから、肌の白さが目立ちました。お話をしていると、先生は、「高校野球の東北大会に以前指導していた高校が出場するので、主治医の先生の許しをもらって、見に行こうと思う」と言われました。私は、「それはいいですね」と答え、話を続けていましたら、看護師さんに「面会の時間は終わりです」と言われ、その場を後にしました。
それから程なくして、先生は亡くなられ、私はお悔やみにまいりました。家族の方の話では、先生は主治医に、野球の観戦をお願いしたようですが、なかなか承知してくれなかったとのこと。やがて、球場に看護師さんと一緒であればということで、許可してもらえましたと。先生はゆっくり観戦して帰り、まわりの方々に感謝して、「私の人生は最後まで満足だった」と話されて眠りにつかれ、数日して旅立たれたのでした。
恐らく先生は、ご自身の最期を悟っておられ、生涯の仕上げに高校野球を観戦されたのだと思います。きっと観戦しながら、教育のことや野球部指導のことも思い返しておられたのでしょう。

私たちのいのちは有限です。それゆえ、一日一日大切に有意義に生きたいものと思います。『いま、ここを生きるしあわせ』を心に刻んで生きたいものです。

<参考文献>
友松圓諦訳『真理の詞華集 法句経』(講談社/1975年)

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