『不安の中に、希望をみる』
(出典:花園誌2月号 おかげさま)
「少水の魚に楽しみ有り」――妙心寺の第二世・興祖微妙大師が残したこの一句から私たちは何を学ぶべきでしょうか。
微妙大師が生きた南北朝時代は戦乱の世であり、明日どうなるかもわからない、誰もが不安のただ中にありました。妙心寺もまだ創建間もなく、雨漏りするほどの荒れ寺だったと伝わります。動乱の世にあって、開山・無相大師の大志を引き継がねばならない――微妙大師にもきっと不安や葛藤があったに違いありません。けれど、そこで嘆くことなくただ粛々と日常の務めを続け、法の灯りを後世に継いだ。その微妙大師ご自身の等身大の姿こそ、「楽しみ有り」と喝破した根源ではないでしょうか。
「少水の魚」は不遇や不安の象徴。一方「楽しみ有り」は充足や安心の象徴です。反対の意味がこの一句の中に同居しているのです。通常、私たちは「不安を除いて安心する」と考えがちですが、さきの微妙大師の境遇を踏まえると、「不安のままでも安心できる境地があるのだ」ということをお伝えになりたかったに違いありません。
その境涯について、私にも心当たりがあります。私は2024年に父親を病気で亡くしました。私にとっては親でもあり、なおかつ僧侶の師匠でもあります。父は約40年にわたってお寺を守りながら、PTAや教育委員なども務めて地域にも大きく貢献してきた、私にとっては偉大な存在でした。そんな父が病魔に蝕まれていると発覚して以降、私はずっとこんなことを考えていました。「今お父さんがいなくなってしまったら、僕はこのお寺を守っていけるだろうか?周りの皆さんは自分のことを認めてくれるだろうか?」と。やるせない想いと不安・焦りでいっぱいでした。父の病状は日に日に悪くなり、家族として過ごせる時間が少しずつ、しかし着実に減っていくのがはっきりと分かりました。それに比例するように、私の焦りや不安も増していったのです。ある日とうとう耐えかねて、思わず父に自分の気持ちを吐露してしまいました。
「お父さん、僕は不安だよ。お父さんいなくなったら僕はどうしたらいい?」
すると父は、微笑みながらこう答えてくれました。
「そりゃ不安だよな。でも、俺がいなくなっても、俺を真似てあれこれする必要はない。お前にはお前の持ち味があるんだからそれを活かして、周りの人に助けてもらいながら、自分らしく日々務めれば大丈夫だから」
この言葉を聞き、涙が止まりませんでした。それは悲しみの涙ではなく、自分の不安な気持ちを否定せず受け止めてくれたことや、いたらない息子を肯定してくれた父の優しさに触れたことによる、嬉し涙だったのだと思います。それ以来、依然として不安は抱えながらも、父の言葉を支えにしながら「自分らしく務めればいいのだ」と、どこか希望にも似た気持ちで日々を送ることができるようになりました。
「少水の魚」とは、私たちの姿そのものです。私たちは日々を送る中で、不遇な目にあい、それに伴う焦りや不安に見舞われることがあります。しかし「不安をなくして安心する」のではなく、「不安の中で安心を見出す」という心の転換は、いつ何時、誰でも、どんな境遇でもできます。不安を抱えながらも「これでいいんだ」と頷くことができたとき、そこに静かな喜びと希望が生まれる――これが「少水の魚に楽しみ有り」の一句から私たちが学べることではないかと思うのです。