『いのちを務める』
(出典:花園誌3月号 おかげさま)
興祖微妙大師は、鎌倉後期から南北朝の時代に妙心寺の第二世として草創期を支え、その基盤を築かれました。遺品に「少水の魚に楽しみ有り」の語が墨蹟として伝えられています。
子どものころ、神社の前にあった宮池の水が抜かれ、所々にできた水たまりで、鯉や鮒が口をパクパクさせ跳ねていた光景を想い出します。人間もまた明日をも知れぬ寿命のなかで、迷い、悩み、苦しみ、または喜び生きているのでしょうか。そのことが空しいと思うなら、泡沫の人生を意味ある生き方にすればよいのですが、幻影に夢中になり、なかなか目が覚めないのが現実です。
『宗門安心章』「信心帰依」には、次のように説かれています。「万劫にも受け難きは人身、億劫にも遭い難きは仏法なり。われら今さいわいに受け難き人身を受け、遭い難き仏法に遭う。(中略)いかでか歓喜し踊躍せざらんや。偏に信心帰依の心を発し、如説に修行をはげむべし。空しく一生を過して、永劫に悔を遺すことなかれ」
「劫」とは、仏教が説く時間の単位のことです。たとえば大きな岩があり、百年に一度、天女が舞い降りてきて、羽衣でなでてゆくとやがてすり減ってなくなる。それでも、「一劫」はまだ終わらないというきわめて長い時間のことです。
地球上の生きもののなかで人として生まれる確率は一劫の万倍分の一、御仏の教えに遭う確率は億倍以上にも難しいのです。人の寿命は万劫からみれば瞬く間であり、そこに真の楽しみを感じなければ、それこそ永劫に悔いを遺すことになります。
Kさんは、会社勤めのかたわら奥さんと茶道を楽しんでおられました。月例茶会の席主を担当していただき、茶会も終わり、片付けも済んで社中の皆さんと一緒に寺を後にされました。そして次の日にKさん一人が改めて炉の後仕舞いに来られ、灰をふるい茶室の隅々まで点検して帰られました。数日後、亡くなられたとの知らせがあり、驚きというより信じられない思いでした。茶道の先生からは、「すでに主治医から余命の告知を受け、いつでも最期を迎える覚悟はできており、それでも茶会を終えるまではと頑張られたのでしょう」と聞かされました。
『法句経』「無常品」にある言葉です。
生死は人の務めなり、
自らが作すことなり。
まさに自らの運命を作して力を尽くすべし
老いることは人の務め、病に冒されることも、そして死も務めであり、他人に代わってもらえるものではなく、自らが力を尽くして作すべきことであります。
気の遠くなるような確率で、偶々授かったいのちには必ず期限がセットされています。不条理なこともそのままいただいて、「少水の魚の如き、己が人生に楽しみ有りやまた無しや」と、折に触れ楔を打ち込むように自らに問いかけていくと、やがて「いま、ここを生きるしあわせ」の世界が現れてくることでしょう。