涙
(出典:瑠璃燈38号)
宗祖隠元禅師350年大遠諱に当たり、このほど今上天皇陛下から諡号『厳統大師』が加諡されました。これまで四つの国師号と二つの大師号が贈られています。後水尾法皇から『大光普照國師』、霊元法皇から『佛慈廣鑑國師』、後桜町上皇から『徑山首出國師』、光格上皇から『覺性圓明國師』、大正天皇から『眞空大師』、昭和天皇から『華光大師』を下賜されました。
ところで、戦後間もなく昭和天皇が九州に巡幸された話が今も語り伝えられています。昭和24年5月、佐賀県の因通寺の洗心寮、ここは戦争引き上げ孤児の寮です。昭和天皇は、或る女の子に目が留まり、話しかけられます。女の子が手にしているのは二霊の位牌でした。
昭和天皇は、「お父さん、お母さん」。女の子は、「はい、これが父です。これが母です」。昭和天皇は、「どこで」。女の子は、「父はソ連(今のロシヤ)と満州(今の中国)の国境で、母は引き上げの途中で」。昭和天皇は、「お寂しい」。女の子は、「寂しくはありません。仏さまの子どもですから」。「仏さまの子どもは、父にも母にもお浄土で、もう一度会えるのです」。「だから、父や母に会いたくなったら、仏さまに手を合します」。「そして、父と母の名前を呼ぶのです」。「すると、父も母もそばにやってきて、そっと抱いてくれるのです」。「寂しくありません。仏さまの子どもですから」。
昭和天皇は、右手で女の子の頭をゆっくり時間をかけて撫でつつ、なおも話しかけられます。「仏さまの子どもはお幸せですね。これからも立派に育ってくださいね」。昭和天皇の目から、大粒の涙が一つ二つこぼれ落ちました。
女の子はふと呼びます。「お父さん」。そこにいた大人たちも言葉をなくして、顔を覆いました。もはや、昭和天皇は溢れる涙を隠そうとされませんでした。
皇居に戻られて心境を和歌に託されます。
み仏の教え護りてすくすくと生い育つべき子らに幸あれ