次の一歩のことだけ
(出典:花園6月号「おかげさま」)
是の日已に過ぐれば、命は則ち随って減ず。
少水の魚の如し、 斯に何の楽しみか有らん
今日も終わりに近づいているのだから、すべての生きるものの寿命も減ってしまったことだ。普段は高く飛び跳ねることのできる大魚ですら、干上がりそうな水たまりの中で、堂々とした背びれを水の上に晒してしまっている。このような状況におかれたものに、何の安楽があるのであろうか。
以上の一節は『法句経』にみえます。
令和9年3月に650年遠諱を迎える興祖微妙大師(授翁宗弼禅師)は、この一節を引用して、「少水の魚に楽しみ有り」と言われました。この一句を遠諱テーマに掲げ、「いま、ここを生きるしあわせ」とサブテーマを付して、妙心寺派ではさまざまな遠諱事業が行われています。
私たちは自分を他人と比べて悩み、未来に漠然と不安を抱いてしまいます。その時に、外に確かなものを求めてすがろうとしたり、娯楽に興じて迷いを紛らわしたりしますが、それらはとても儚いものです。飽きてしまったら、また別のものを外に求めなければなりません。それでは、干上がる水たまりの中で深みを求めて彷徨う「少水の魚」のように、いつまでも安楽を得ることはできません。
魚にとっての水の増減とは、巡り合わせのことです。『広辞苑』を引くと「しあわせ(仕合わせ)」とは「巡り合わせ」のことだとあります。巡り合わせを自分で選択することはできません。臨済禅では、身体と呼吸を調えることで心が調い、その結果、外に求めることがなくなった時、思うようにいかない巡り合わせの中でも安楽を得ることができると説きます。
私は小学3年生からカブスカウトに入隊しました。そして、5年生でボーイスカウトに上進すると、野外キャンプに参加することになりました。新宿駅に集合し、電車やバスを乗り継いで着いた場所は、整備されたキャンプ場ではなく、植林された杉林でした。
カブスカウトの頃にもキャンプはありましたが、宿舎で友達と一緒に泊まる楽しいだけの行事でした。ところが、ボーイスカウトになると自分たちでテントを立て、かまどをつくるなど、初めてのことに必死に取り組まなくてはなりません。ある時、薪を拾いにいくように言われて、林を独りで歩くうち、急に悲しくなりました。「なんでこんなところに来てしまったのだろう、家に帰りたい」と、泣きながら林を彷徨いました。しかし、何十分か経って木々の間から夕焼けを見たとき、これではいけないと思い直し、薪拾いを再開しました。一歩につき一本の薪を拾うことに決めて、薄暗くなった地面を見つめて次の一歩のことだけ考えて進みます。するといつの間にか両手いっぱいの薪を拾うことができ、身体と心がひとつになるという貴重な体験を得ました。一つひとつ懸命に努めることで、その後の冷たい水での皿洗いも工作も楽しくなっていきました。30年経った今、ほろ苦いけれど幸せな記憶として残っています。
微妙大師は、開山無相大師の法と妙心寺を守るべく、南北朝時代の激動の巡り合わせ(仕合わせ)の中で、禅の修行を重ねられますが、身体と呼吸と心を調えることで苦中の楽を得た心境を「少水の魚に楽しみ有り」と表されたのではないでしょうか。そしてこの言葉は、同じように激動の現代を生きる私たちに「いま、ここを生きるしあわせ(巡り合わせ)」の中で、一つひとつ一生懸命に努めることで、安楽と少しばかりの幸せを得る道を教えてくださっているのです。