法話

フリーワード検索

アーカイブ

苦しみが私を救う

(出典:書き下ろし)

 昭和の中ほどに生まれた私には、現代は驚くほど豊かになり食べる物は困らず、冬は暖かく、夏は涼しく、遠くの人ともすぐに繋がり、欲しいものは直ぐに手に入る時代です。しかし、その一方で「幸せを感じられない」というのが現代人の素直な気持ちではないでしょうか。古人は「現代人は何でも知っているが、肝心な自分の事は知らない」とおっしゃいましたが、現代人の心の不安の要因の一つではないかと感じます。

四国の八十八のお遍路を車で行くと10日前後、歩くと50日前後で回り終えることが出来るそうです。その感想を聞くと、車遍路の方は「楽しかった」、歩き遍路の方は「有難かった」と言う感想が多いそうです。車遍路は雨風、坂道、寒暖にもあまり影響されずに自分の思い通りになった楽しさから出た言葉ですね。逆に歩き遍路は自分の思い通りにならない事が数多く出て来ますが、その苦しい困難に向かい合った時に新しい視界が開かれて新たな自分と出会うことが出来た、その感想が有難かったのだと感じます。
自分の困難、苦しみや悲しみと向い合って生きることを仏教では「精進」と言います。「精」とは米がしらげる、不純物が無くなるという意味があります。人間も同じように俺が俺が私が私がという自我という自分の中の不純物がとれて、そこに本来の人間性があらわれるのです。「順風の中で自分を見失い、逆風の中で真実の自分に出会う」という言葉がありますが、苦しみや困難が実は私を救ってくれる引き金となるのです。

 あるお坊さんがタクシーに乗ると、運転手さんがこんな話をしました。「私は高校三年生の時に、両親を一緒に亡くしました。町内会の集まりでフグを食べに行き、その毒に当たって一晩で両親がなくなってしまいました。借金こそなかったけれど、一銭も蓄えがなく、ずっと年の離れた5歳の妹がいました。高校三年生と5歳の子どもでは家賃が取り立てられないと家主から追い出され、妹を連れて最小限の荷物を持って、安い六畳の一部屋を借りました。とにかく両親に代わって妹を育てなければと思って、夢中で働きました。幸いに高校三年生の三学期で、就職は決まっていたから、朝は新聞配達、昼間は会社勤め、夜はアルバイトと一生懸命働きました。その間は洗濯も掃除も食事の準備も5歳の妹がしてくれました。NHKで「おしん」と言う番組がありましたが、僕の妹もやりました。人間そういう所に置かれたらやるんですね。考えて見たら、両親が元気でいてくれていたら、僕なんかは今頃、暴走族になっていたか、ろくな人間になっていなかったと思います。もし、両親がお金を残してくれていたなら今の僕は無かった。幼い妹がいなくて僕一人だったら寂しくてぐれていたと思います。両親がいない、お金がない、幼い妹がいる。僕は本気になるしかなかった。僕を本気にしてくれ、大人にしてくれ、男にしてくれたのは、両親が一緒に死んでくれたお陰、お金を残してくれなかったお陰、幼い妹がいてくれたお陰、家主が追い出してくれたお陰、と感謝して、毎日、両親の位牌にお線香をあげております」というお話です。

 現代の豊かで便利な社会は運動不足を引き起こし、ジムで体を鍛えなければならなくなりました。同じように心も運動不足になっていることを忘れてはなりません。「自分を見つめる」事が心の運動となるのです。自分の都合の悪さから逃げず、誰かのせいにせず、斜に構えず、真正面から受け止める運動が必要なのです。そうするとお米がしらげるように本来の人間性が現れて来るんです。自分の中に自分を救い出してくれるもう一人の自分がいることを学ばないといけない時代になりました。

Back to list