WEB版 絵解き涅槃図
【解説】速疾鬼
「涅槃図」で鬼の姿で描かれているのが速疾鬼。悪鬼のことであり、智顗の『法華文句』や元照の『四分律行事鈔資持記 』などによると「羅刹(らせつ)」の異称とされる。捷疾鬼ともいう。慧琳の『一切経音義』によると、羅刹は人の血肉を喰らい、あるいは空を飛び、あるいは地を行くこと極めて捷疾であり、畏るべきであることから、この名があり、「可畏」とも称される。多くの人を殺し、男は容姿が醜悪で凶暴、女は美しく人の精気を奪う。破壊と滅亡を司る鬼神。地獄の獄卒(地獄卒)を指すこともある。また、夜叉を速疾鬼と称することもある。
その起源は、インド古代神話に登場し、ヒンドゥーでも説かれる鬼神ラークシャサ。夜叉と同様に、アーリア人が侵入する以前からインドにあった自然界に棲み人を惑わし喰らう精霊のことであった。仏教が広く伝播した後は、仏法を守護する鬼神と考えられ、夜叉とともに四天王の一である多聞天(毘沙門天)の眷属として位置付けられている。
なお、唐の若那跋陀羅訳『大般涅槃經後分』(大正蔵12.910a)には、釈尊の滅後、遺体を荼毘にふした際、帝釈天が釈尊の上頷の一対の歯(仏牙舎利)を取り出し、天上に仏塔を建てて供養しようとしたところ、姿を隠して帝釈天についてきた二人の捷疾羅刹がその仏牙舎利を奪って逃げたという話が説かれている。その後、仏舎利信仰に付随して、この捷疾羅刹を足の速い韋駄天が追い詰め、仏牙舎利を取り戻したという俗説ができた。
日本でも、『太平記』(巻第八「谷堂炎上事」五七)や、春屋妙葩の『知覚普明国師語録』、『寂照堂谷響集』などでは、日本に仏牙舎利がもたらされた経緯を語る際に、捷疾羅刹を追い詰めたのは韋駄天ということになっている。こういった舎利信仰の素材がもとになり、謡曲「舎利」では、京都東山にある泉涌寺の舍利殿に納められている仏牙舎利を狙って足疾鬼(速疾鬼)が現れ、舎利殿に飛び上がって舎利を奪い、虚空に飛び去ったところ、舍利殿を守護する韋駄天像が動き出し、これを追いつめ仏舎利を取りかえすという話が作られる。この話は能の題材ともなり、よく知られている。ちなみに、韋駄天はもともと寺院の伽藍を守護する神として、庫裡に祀られているが、捷疾羅刹をも凌ぐ極めて速く走る神であり、盗難除けの神としても尊崇されるようになった。