一花五葉開 結果自然成

禅 語

更新日 2019/04/01
禅語一覧に戻る

一花五葉開 結果自然成
いっけごようひらき けっかじねんになる

『雪月花つれづれ』
(平田精耕著・1992.05 禅文化研究所刊)より

 「一花、五葉開き、結果、自然(じねん)に成る」と訓みます。陽春四月は花の季節にふさわしい句です。
 これはダルマ大師著と伝えられている『少室六門集』の終わりに出る言葉です。禅の仏教は、インドから中国に伝わってきた大乗仏教が、中国古来の道教や儒教の思想と合体してでき上がった中国独自の仏教です。伝えるところでは禅仏教は、インドからはるばる中国にやってきたボダイダルマというインド僧によって開かれたものとされています。この偈はダルマの伝法偈といわれるものです。
 ダルマといえば、目をむいて頭の禿げた鬚だらけの顔をして、足の腐った法師姿が目に浮かびます。日本でも「起き上がり小坊師(こぼし)」と称して、我々年代の幼少の頃にまず与えられる玩具はこのダルマの人形でした。「ダルマさん、ダルマさん、睨めっこしましょ」とよくあやされたものです。高崎市はこの招福ダルマ人形の産地です。ダルマといえば知らぬ日本人は一人もありませんが、かといってそのダルマが禅の開祖であるということを知っている人も少ないようです。
 伝えるところでは、中国、崇山少林寺というお寺で九年間黙然として壁に向かって口を「へ」の字に結んで坐禅をしていたといわれます。おかげで口のまわりに白いかびが生え、足は腐ってしまったということです。このダルマが坐禅の仏教を中国人に教えたことから、その後中国全土にこの教えが広がり、唐の時代には五家七宗といい、五流派、七流派の禅宗ができ上がり、その後の禅思想が当時の中国の文化や芸術の精神的支柱となりました。
 この五家の禅がまた日本にも流入し、鎌倉期以降の茶道や能楽などの伝統文化の心のよりどころとなりました。この五家を表して、、ダルマの禅(一花)が後に五家(五葉)の弁を開き、さらにそれが実を結んだといわれるのがこの句です。ダルマ九年の忍耐があってこそ、禅が後世になって隆盛を極めたわけです。なにごとも忍耐こそ、ものごとを成就する原因となるということの意として、この句を理解してもよいでしょう。
 勿論この句はその他に、五葉を以て五祖弘忍大満を指し、六祖になってダルマの禅が花開いた意だという説もあります。茶席の禅語としては禅者の解釈を採っておきます。