
白と紅という、鮮やかな色の対称によって歌いあげられた詩句です。
雲開いて月色家々白く
雲が切れ、その間から月の光がさして、下の家々を照らすと、家々の屋根といわず、地上のものすべてが照らし出されて白く見える。
春過ぎて山花処々紅なり
春になると山のどこにもかしこにも花が咲き出す。
何でもない語句ですが、ここに自然の巧まざる美しさというものを見ることができます。しかし禅は、その当たり前の自然の情景の中に、ただ美しさを見るだけではなくて、真実の現われを見ていく。月が照らし、地上のものが白く浮き立つ、そして春がやってくると山に花が咲く。そういう大自然界の一つ一つの情景に真実の現われというものを見ていくのです。
月の光に照らされた家々の白さ、山に咲く花の紅。こういう色を誰が定めたのか、それはわかりませんが、そこに、大自然の命の不思議さ、巧まざる大自然の調和の姿というものを見る。そればかりではない。その大自然の調和の姿を見ている私自身も、その中の一点景として大自然に調和して融け込んでいる。その姿も、真実の現われとして受け取ることができるのです。