四海隆平にして煙浪静かなり。天下は泰平です。世界全体が平和であって、戦争の煙もなく波も静かである。斗南の斗は、天界で一番北の極みにある北斗七星です。北斗七星から南のほうを斗南といい、すなわち天下全体のことを指します。老人星は南極星のまたの名です。たいへんおめでたい星で、寿老人にも譬えられるそうです。余事にわたりますが、この星は人の寿命を司っているといわれ、中国の三国史時代、武将の軍師たちはこの星の輝きを見て、戦の勝ち負け、あるいは自分が仕えている武将の運命を占ったということが、いろいろな物語に出てきます。それはともかく、そのおめでたい寿老人に喩えられる南極星が、天下を穏やかに見守っている。
世界は平和で戦の煙もなく、波も穏やかに静まっている。その天下を穏やかに見守っている自分を老人星に喩えて、そして平和な世界と一体になって世の中を過ごしているところを歌っています。
こういう見方で一応いいのですが、私はそれだけではなんとなく物足りない気がするのです。天下泰平の世の中で、穏やかな気持ちになって、その穏やかな世界と自分とが一体になって楽しんでいることができれば、まことに結構ですが、それは理想というものです。人生、いつも何か気にいらないことがあったり、何か問題を抱えていたりするものです。そんな中で、しかも世界と我れとが平和な一体の境地を得ていかなければならない。そうでなければこのような言葉は単なる理想的な夢物語にしか過ぎない。それこそ、床の間に掛けて「ああ、いい句ですね」と、いうだけですんでしまいます。
こういう句を、自分の日常生活、日々起こしている心の中にとってかえして味わっていくことがないならば、それは単なる文学作品というだけのことに終わってしまう。もしそうであるならば、禅語としての意味はあさはかなものに終わってしまう。茶席に掛けられる言葉も、自分自身で本当によくかみしめて味わう必要があると思います。そして、禅語として見る場合、根本に踏まえなければならないことは、即今当処、今ここでの自分の問題としてその句を受け取っていくということです。そうでないと禅語になっていかないのです。
この語もそのように見て、読み返してみましょう。
「四海隆平にして煙浪静かなり」。こう歌われてはいるが、煙浪がまったくないわけではないのです。現実世界には煙も波もやはりある。けれども、それが邪魔にならない程度の静けさを保っているということです。そうすると、この語はありがたいものになってくる。ただ古人が太平楽な気持ちでそれを歌いあげたと受け取るならば、「そんな気持ちになれればいいけれども、なかなかなれるものではない」と、それですんでしまいましょう。煙浪があっても、邪魔にならない程度の静けさを保っている。そういう境地だったら、私たちだってなれないことはない。
鎌倉時代の末に、足利尊氏や新田義貞といった武将たちが反乱を起こし、後醍醐天皇はついに吉野に逃げられる。そのときに後醍醐天皇が歌われた歌があります。
花に寝てよしや吉野の吉水の
枕の下に岩走る音
吉野に行幸され、ちょうど桜の満開のとき、その仮の安在所で後醍醐天皇がお休みになられた。吉野の谷川を走るサラサラという水の音が枕の下の方から届いてくる。こういう歌ですが、まさに後醍醐天皇は、国家大乱の世の中に過ごしておられたわけで、一つ間違うと自分の命すら狙われて、いつ落命されるかわからない、そんな中で、満開の吉野の桜の木のもとでお休みになった。不安定な乱れた世の中の真っただ中にいて、吉野川のせせらぎの音を枕の下に聞きながらお休みになって、しかもこういう和歌を作ってお楽しみになっている。
これが「四海隆平にして煙浪静かなり、斗南長く見る老人星」というところです。後醍醐天皇は日本の国の行く末を案じつつ、心中いろいろ複雑な思いもおありだったと思いますけれども、爛漫と咲き誇る桜の林の中の安在所で、川の流れの音を聞きながら休まれた。川の流れの音、そして吉野の桜の花、それらと一体となっておられるのです。
「花に寝てよしや吉野の吉水の」と、花と水の音との世界にドップリ浸かっておられる。それこそは、「人境倶不奪」です。「人境もともに我が是れ一家」、世界が我が家であるという境地です。兵乱の中にあって、後醍醐天皇は、ひとときの「無事是れ貴人」の世界を遊ばれたと、私は受け取るのです。
「四海隆平にして煙浪静かなり、斗南長く見る老人星」。まったくの平和ではない。静かではあるけれども煙や波がちょっとぐらいはある。それがむしろ人生を彩る綾であると見ることができるならば、何もなしであるよりは、多少は波風もあったほうがいいのではないか、という心境になってきます。このように理解してみるのもいいのではないかと思います。