中国の南宋の禅僧、虚堂智愚禅師(1185~1269)の頌に「聴雪」と題するものがあります。
寒夜風無く竹に声有り
疎々密々松櫺を透る
耳聞は似かず心聞の好きに
歇却す灯前半巻の経
松櫺とは松窓、松の見える窓、疎々密々とは風の静かに、こまやかに吹くさま、歇却すとは止める事。
寒い冬の真只中、風もあまりなく、ひっそりと静まり返っています。雪がしんしんと降り続いています。音といえば時々、「バシッ」と積った雪をはじき返す竹の音が響いてくるだけです。静かに耳を傾けると、窓を打つ雪の音が静かに、こまやかに聞こえて来ます。まさに悠久な大自然の息吹きです。それは耳で聞いただけでは味わい尽くせません。心で聞いて始めて味わう事が出来ます。あまりのすばらしい妙音に聞きほれて、うっかり経本を読
むのを途中で止めてしまったわい! というわけです。
静寂そのものの山中の庵で、独り看経する虚堂和尚は経巻をめくる手を思わず止めて、神秘的なまでに静まり返る大自然の生命を心で聞き、肚の底で味わったのです。否、心で、肚で味わって始めて自然の妙を感得出来たのです。言い返せば、大自然の声なき声を聞いたのです。
私達が現実に見たり聞いたりする、姿や声の奥にある、姿なき姿を見、声なき声を聞いて始めて、そのものの本当の姿を知るのです。その辺の消息を「耳聞は似かず心聞の好きに」というわけです。
山本周五郎の小説『内蔵允留守』を読んだ事があります。
――近江国の剣士の岡田虎之助は、江戸・目黒に住む天真正伝流の達人・別所内蔵允を訪ねる。その奥義を学ぶためであった。ところが、老僕と五人の修行者がいるだけで内蔵允は不在、いつ帰るともわからぬという。虎之助は近くの農家に寄宿して内蔵允の返りを待つ。そこには老百姓の閑右衛門と孫娘の奈美とがいた。ある日、虎之助は野良仕事を手伝う。ところが、鍬を力の限り大地に打ちおろしても老百姓にかなわない。三日もしたら全身が痛む。それでも内蔵允はまだ帰って来ない。ある日、虎之助は老百姓に尋ねられる。あなたは何のために先生を訪ねたのかと。もちろん、先生に剣の“道”の極意を尋ねたいためだと答える。「私どもの百姓仕事は、何百年となく相伝している業でございます。よそ目には造作もないことのように見えますが、これも農事としての極意がございます。土地を耕すにも作物を育てるにも、これがこうだと教えることのできな秘伝がございます」。さらに云います。「同じように耕し、同じ種をまき、同じように骨を折っても、農の極意を知る者と知らぬ者とでは、作物の出来がまるで違ってくる。どうしてそうなるのか、口では申せません。また、教えられて覚えるものでもございません。みんな自分の汗と経験とで会得するよりほかはないのでございます。いずれの道にせよ、極意を人から教えられたいと思うようでは、まことに道は会得できまいかと存じます」。老百姓の言葉を聞いていた虎之助の背筋に火のようなものが走った。――この人だ、別所内蔵允はこの人だ!(新潮文庫『深川安楽亭』所収)
岡田虎之助の心聞の修行が始まるのです。