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花依愛惜落 草逐棄嫌生 禅林類聚 はなはあいせきによっておち、くさはきけんをおうてしょうず

04月を表す季節の画像

 釈尊は6年間の苦行を棄て、尼連禅河にぜんれんがで沐浴し、スジャータという娘の差し出す乳糜にゅうび(牛乳で炊いたおかゆ)を食し、ブッダガヤーのピッパラの木(菩提樹)の下に坐り、「正覚を成ぜずんば此の座を起たじ」と心に誓って禅定に入ります。そして7日間が過ぎ、8日目の明け方、キラリと光る星を見て成道(悟りを開く)されたのです。

 「奇なる哉、奇なる哉、草木国土悉皆成仏そうもくこくどしっかいじょうぶつ――ああ、何と不思議な事実だろう。草も木も、山も川も皆、仏の命を持っている……」と叫ばれたのです。

 仏教の教えはここから始まります。即ち、森羅万象、一草、一木、一匹、一箇の山川草木、禽獣きんじゅう虫魚、瓦礫塵芥がれきじんかい、すべてに私達と同じような尊い命が平等にあるという事です。

 仏の命であるが故にすべては分け隔てなく平等である。別な見方をすれば、草も木も男も女もどんな虫けらに至るまでもが皆、それぞれ仏の命を持って、各々が独尊であり、絶対であり、その分に応じて個性を発揮し、自己を主張してひとつひとつ大光明を放って輝いているという事です。

 思えばインドは今でもカースト制度(司祭者のバラモン、王族士族のクシャトリヤ、一般庶民のヴァイシャ、奴隷のシュードラの四種姓をいう)で苦しんでいると聞きます。古代インドではこの制度がもっと厳格であったと思われます。その人間の差別に苦しむ人々への解放宣言が釈尊の成道の一つの意義なのです。

 花は愛惜に依って落ち、草は棄嫌を逐うて生ず。「愛惜」とは惜しむ事、「棄嫌」とはいみ嫌う事です。美しい花はいつまでも咲いていて欲しいと思う。
しかし時が来れば惜しまれながら散って行く。雑草はどこ何処にでも生えて来ます。いやがられいくら取っても取っても生えて来ます。花は惜しまれながら散って行くから美しいのです。雑草は嫌われても生えてくるからたくましいのです。「愛惜」「棄嫌」は私達人間の都合です。「愛惜」「棄嫌」を超えて花は花なりの、草は草なりの生命の尊厳を私達は感得しなければなりません。「花」や「草」だけではありません。お互い人間同士も然りです。

 インドのカースト制度と同じように、日本にも江戸時代には士農工商という身分制度があり、庶民と武士の差は厳然としていました。その時代の話です。

 薩摩に無三むさん和尚という禅僧がいました。この僧は薩摩久志良くしら村の農家の出でした。薩摩では特に農民を軽視する風があり、士族でなければ出家も出来ませんでした。故に無三和尚も士族の名字を借りて出家します。無三和尚は勉学修行の甲斐あって、島津家の菩提所、福昌寺の住職に迎えられます。なかにはこの破格の出世をねたむ人がいて藩主に告げ口をします。住職就任の当日、須弥壇上に登り、いよいよ問答に入ります。ときに本堂中央に進み出た藩主の島津侯が大声で、「如何なるか是れ久志良の土百姓」と呼びかけます。誰かが無三和尚を満座の中ではずかしめようと藩主をそそのかしたのです。

 しかし、無三和尚、動ずる色なく泰然として「泥中の蓮華」、即ち泥の中で育ちながら美しい花を咲かせる蓮華になぞらえて答たのです。これにはさすがの藩主も返す言葉がありません。

 後に和尚の徳を慕って藩主をはじめ、多くの人々が帰依したといわれています。西郷隆盛もその一人でした。

 人の価値は貴賤、身分、家柄、学歴で決まるものではありません。「花は愛惜に依って落ち、草は棄嫌を逐うて生ず」、味のある句です。