六祖慧能禅師(638~713)――達磨大師より数えて六代目に当たるので六祖といわれる――は、五祖弘忍禅師より秘かに法を嗣いで師の命に従って、南方広東省に隠れ、悟後の修行に明け暮れます。
そして、五年後、突然広州の法性寺の印宗法師の涅槃経の講席に姿を現わします。その折の因縁話しが『無門関』第二十九則にあります。
六祖、因みに風、刹幡を颺ぐ。二僧有り対論す。一は云く、「幡動く」と、一は云く、「風動く」と、往復して曾て未だり理に契わず。祖云く、「是れ風動くにあらず、是れ幡動くにあらず、仁者が心動なり」と。二僧、悚然たり。
刹幡とは寺で法会がある時、印に挙げる旗のこと。その幡が風に吹かれて、ハタハタと音を立てています。これを見た二人の僧が議論を始めます。一人が幡が動くといい、また、一人は風が動くというのです。一旗の幡が風になびく姿をいえば幡が動くというわけです。また、パタパタ動く働きからいえば風が動くというわけです。二僧、口角、沫を飛ばして議論しても、決着がつきません。このやりとりを黙って聞いていた六祖慧能禅師は、二人の間に割って入り、「是れ風動くにあらず、是れ幡動くにあらず、仁者が心動なり」と喝破します。二人の僧は悚然(びっくりするさま)として顔を見合わせます。
風が動くか、幡が動くか、いずれも「形」に執らわれた、相対する物の見方です。六祖はパタパタする幡を見て、自分自身の問題として、自分の心が動くから、はじめて幡や、風が動くというのです。所謂、「思いよう」という一般のいう唯心論ではありません。この「心」は、「万法、一に帰す」「心外に法無し」と言われるように、眼前の幡や、風の事だけではありません。山や川も草も木も森羅万象ことごとく自分の心の動きとして納得する、絶対的「心」の外に何もない「心」です。風と一枚、幡と一体、その消息を、「非風非幡心動す」というのです。
西田幾多郎博士は、禅を「看る」宗教だと断言しています。私達が花を見る、自分の立場で花を見るのではなく、花そのものに成りきって花を見る。花を看て取る! 花が咲いているのではなく自分の心の花が咲いている! この体験が禅です。
江戸時代の俳人、松尾芭蕉は鹿島の根本寺や深川の臨川寺で、仏頂禅師に参禅し禅の奥義に達した人です。作品に、
閑さや岩にしみ入る蝉の声
というのがあります。これは山形市、山寺の立石寺で吟じたものですが、最初、「山寺や石にしみつく蝉の声」とし、次に「さびしさや岩にしみこむ蝉の声」とつくり変え、さらに推敲を重ねて最後に、「閑さや岩にしみ入る蝉の声」に落ちついたといわれています。作品の中の「石」や「岩」は何でしょうか。ただ単に立石寺の境内にある石や岩ではありません。それは芭蕉自身です。蝉の声を聞く芭蕉自身です。第一句、第二句、徐々に芭蕉の心の奥底にしみ込んで行く蝉の声に同化し、なりきり、徹しきった芭蕉の心の移り行く姿です。
また、別の作品にあります。
行く春や鳥啼き魚の目は泪
水中に棲む魚の目にどうして涙があるでしょうか。きっと芭蕉の目に涙があったのです。岩にしみ入る蝉の声も、鳥や魚も、すべて芭蕉の心です。主客一如、自他不二の端的です。
二人の僧が、風が、否、幡がと争論する所を、「心動す」と論破した六祖慧能禅師の心と同じです。