笑って答えず、心自ずから閒なり
唐の詩人、李白(701~762)の「山中問答」という詩があります。
余に問う 何の意ぞ 碧山に棲むと
笑って答えず 心自ずから閒なり
桃花流水 杳然としてさ去る
別に天地の人間に非ざる有り
碧山とは青山と同義で山中の意、杳然とは遠くはるかな様子の意味です。他人は私に、一体どうして奥深い山中に住むのかと云って聞くけれど、私は笑って答えない、私の心はひとり閒かである。桃の花びらを浮かべた谷川の水は、何処ともなく流れ去る。ここはまさに人間、即ち人間の住む巷と違って別天地であるというわけです。
しかし、この句は自然に同化した悠々自適の生活を歌っただけではありません。
仏教の根本を説く句に「懺悔文」があります。
我が昔より造る所の諸悪業
皆な無始貪瞋痴に由る
人間の迷いや苦しみの根源は、貪欲、瞋恚、愚痴の三毒であるというのですが、中でも飽くことを知らぬ貪の欲こそ、始末に負えぬものはありません。この「欲」から脱する事が出来れば実にすばらしい消息を得る事が出来るのです。
李白が、「笑って答えず、心自ずから閒なり」と頌した裏には、「一つかなえば二つ三つ」と云われるように、際限のない欲望を離れた消息を云おうとしているのです。それは他人が見ればまったく驚きにも似た別天地の境涯なのです。
森鴎外の小説『高瀬舟』は、「安楽死」と同時に「知足――足ることを知る」をテーマにした小説です。
弟殺しの罪で遠島の刑を受けた喜助と、護送する町奉行の同心、羽田庄兵衛の会話が圧巻です。罪人の暗さが微塵もなく、目も輝き、顔も晴れやかな喜助の表情に不思議に思った庄兵衛は喜助にたずねます。
「喜助。お前何を思っているのか。」
……
「お恥かしい事を申し上げなくてはなりませぬが、わたくしは今日まで二百文と云う足を、こうしてふところ懐に入れて持っていたことはございませぬ。どこかで為事に取り附きたいと思って、為事を尋ねて歩きまして、それが見附かり次第、骨を惜まずに働きました。そしてもら貰った銭は、いつも右から左へ人手に渡さなくてはなりませなんだ。それも現金で物が買って食べられる時は、わたくしの工面の好い時で、大抵は借りたものを返して、又跡を借りたのでございます。それがお牢に這入ってからは、為事をせずに食べさせて戴きます。わたくしはそればかりでも、お上に対して済まない事をいたしているようでなりませぬ。それにお牢を出る時に、此二百文を戴きましたのでございます。こうして相変らずお上の物を食べていて見ますれば、此二百文はわたくしが使わずに持っていることが出来ます。お足を自分の物にして持っていると云うことは、わたくしに取っては、これが始でございます。島へ往って見ますまでは、どんな為事が出来るかわかりませんが、わたくしは此二百文を島でする為事の本で手にしようと楽んでおります。」
庄兵衛は聞き終わって、「うん、そうかい」と云いながら黙って考え込みます。収入の点で云えば喜助が大切に思っている二百文とはケタ違いの扶持米(給料)も貰っているのに、その事に満足を覚えた事は一度もない。庄兵衛は「足ることを知る」という事に気づくのです。
「人は身に病があると、此病がなかったらと思う。其日々々の食がないと、食って行かれたらと思う。万一の時に備える蓄がないと、少しでも蓄があったらと思う。蓄があっても、又其蓄がもっと多かったらと思う。此の如くに先から先へと考て見れば、人はどこまで往って踏み止まることが出来るものやら分からない。それを今目の前で踏み止まって見せてくれるのが此喜助だと、庄兵衛は気が附いた。」
そして庄兵衛は、今さらのように驚異の目をみはって喜助を見ます。そしてついに罪人である喜助に「喜助さん」と、さんづけで呼びかけてしまいます。
「余に問う、何の意ぞ、碧山に棲むと、笑って答えず、心自ずから閒なり」の「心」、喜助の思いに通じるのではないでしょうか。