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日々是れ好日 にちにちこれこうにち

『禅語に学ぶ 生き方。死に方。 向上編』
(西村惠信著・2019.12 禅文化研究所刊)より

03月を表す季節の画像

晴れて好し 曇りても好し 不二の山
―日々是れ好日―(『碧巌録』第六則、本則)

雲門文偃和尚(八六四~九四九)が門人たちに問われた。「過ぎたことは言わない。これからどう過ごすかだ」と。そして自分で言われた、「毎日毎日が結構な一日だ」と。

 誰でも知っている有名なことばである。雲門という人は若いとき、睦州道明和尚(生没年不詳)に参禅しようとして、二回訪ねたが、いつも拒否された。それで今度こそと門を敲いた。開いた瞬間飛び込むと、いきなり睦州和尚が、「お断わり」と門を閉めた。すると門に挟まれた雲門の脚が折れた。その途端に雲門は悟りを開いたという。「雲門折脚」として伝えられる逸話である。余談だが、京都大徳寺の開山、宗峰妙超禅師(一二八二~一三三七)は脚が不自由であったので、人々から雲門の再来と仰がれたという。
 雲門和尚に、「毎日毎日が好日だぞ」と言われても、そう晴れたお天気の日ばかりではない。すると、どしゃ降りの日もまた好日、と言うわけであろうが、われわれ凡俗な人間にとってみれば、雨の日は傘の要る嫌な日である。それもまた「好日」だとなると、これはいったいどういう意味なのであろうか。
 三島龍澤寺の星定老師に東京から歩いて参じていた山岡鉄舟居士(一八三六~一八八八)は、三年目にしてようやく見解を認められたが、まだ自分は徹見できていないと老師のもとを辞し、帰路、箱根にさしかかったところで富士山を見て豁然大悟し、再び龍澤寺に駆け戻って.詠まれた歌に、
 晴れてよし 曇りてもよし 不二の山 もとの姿は 変わらざりけり
というのがある。
 龍澤寺に向かうときに晴れていた富士山が、帰路には曇っていたのであろうか。鉄舟居士は、こうして晴れと曇りの二面を持ってこそ、不二と言われる山の全体なのだと、大いに悟境を深めたのであろう。
 
 私たちの家庭生活、あるいは仕事先の会社の場合でも、楽しいお天気の日もあれば、憂鬱な気分で過ごさねばならない嫌な日もある。しかし、大事な家庭そのもの、職場そのものは、良いとか悪いとかを超えた大切な大切な「わが家」であり、「わが職場」である。
 もちろん嫌な日もある。しかしそれがまた、他ならぬわが人生のまたとない大切な一日である。
 どんな日も、自分の人生のなかでの、二度とない「不二の一日」である。