『無門関』第二則に「百丈野狐」という公案があります。
百丈和尚、凡そ参の次で、一老人有り、常に衆に随って法を聴く。衆人退けば老人も亦た退く。忽ち一日退かず。師遂に問う、「面前に立つ者は復た是れ何人ぞ」。老人云く、「諾、某甲は非人なり。過去迦葉仏の時に於いて、曾て此の山に住す。因みに学人問う、『大修行底の人、還って因果に落つるや也た無や』。対えて云く、『不落因果』と。五百生野狐身に堕す。今請う、和尚一転語を代わって、貴ぶらくは野狐を脱せしめよ」といって遂に問う、「大修行底の人、還って因果に落つるや也た無や」。師云く、「不昧因果」。老人言下に於いて大悟す……。
「迦葉仏」とは、過去七仏――釈尊出世までの六人の仏と、釈尊を合わせての七人の仏――の中の第六番目の仏、迦葉仏の事。「一転語」とは、たった一言で迷いを転じて悟りに入らしむる言葉。「不昧」とは、昧まさない、誤魔化さない事です。
百丈懐海禅師(七二〇~八一四)が、講座上で雲水達に向かって説法する時、いつも雲水達の後で静かに坐って聞く一人の老人がいました。
講座が終わると老人も雲水と一緒に退出しますが、ある時、老人は退かず一人残ります。百丈和尚は不思議に思い、「一体、お前さんは誰か」と問いかけます。
老人が答えます。「実は、私は人間ではありません。ずうっと昔、迦葉仏(かしょうぶつ)の時代、この寺の住職でしたが、ある時、一人の修行者が質問しました。『修行に修行を重ね大悟徹底した人は因果律の制約を受けるでしょうか、受けないでしょうか?』と。私は、即座に、『不落因果――因果の制約を受けない』と答えました。その答えのゆえに五百生(五百回の生まれ変わり)もの長い間、野狐の身に堕とされました。なにとぞ、憐れと思うて私に代わって正しい見解をお示し下さい」と懇願します。
老人は威儀を正して、「大修行底の人、還って因果に落つるや也た無や」と問いかけます。
百丈和尚、即座に、「不昧因果――因果の制約を昧まさない」と答えます。
老人は言下に大悟して野狐の身を脱します。
老人は何故に「不落因果」と答えて野狐の身に堕ち、「不昧因果」と聞いて野狐の身を脱する事が出来たのでしょうか。
仏教では、もの事を生じさせる直接の原因を「因」と云い、間接的な原因、即ち因に加わる事情、条件を「縁」と云い、それによって生じるものを「果」と云い、その過程の中で、「因」が「果」に及ぼす力を「業」と説きます。例えば、一箇の豆の種子があります。これが「因」です。畑を耕し、種子をまき、水をやり、肥料を施す、これが「縁」です。芽が出て実がつく、これが「果」です。縁の働き具合で果も大きく違ってきます。悪い因でも良縁が加わればいい果が得られ、良い因でも悪縁が加われば悪果となります。しかも、その果がそのまま、果で終わるのではなく、また因となって、そこに縁が加わり果が出ます。
これはただ単に、豆の種子の話ではありません。私達の存在のすべてがこの法則に準じているのです。私達が良きにつけ、悪しきにつけ行なった一つ一つの行為の積み重ねが、私達の現在を造っているのです。しかも、それだけでは終わりません。それが因となって、当然、果を造って行くのです。これを「因果律」というのです。
大修行底の人でも、決してこの「因果律」を免れる事は出来ません。即ち「不落因果」でないゆえに老人は野狐の身に堕ちたのです。
では、百丈和尚の答えた「不昧因果」とは何でしょうか。
「因果律」の中にあって、しかもそれを越えた所、因果の中に在って、それに執らわれない消息、それを「因果を昧まさない」と喝破したのです。
百丈和尚の「眼」からすれば、野狐の身に堕ちる事もないし、野狐の身を脱する事もないのです。「因」も一時の位であり、「果」も一時の位であって、それだけで全的な存在なのです。野狐は野狐のままに絶対的な存在です。
老人は、因果に執らわれて因果に落ちない世界を妄想して、野狐の身を脱せんと画策した所に、五百生もの長い間脱する事が出来なかったのです。百丈和尚の「不昧因果」の一喝を聞いて、野狐は野狐でよしと悟った時、逆に五百生の野狐の身を脱する事が出来たのです。
一休禅師に面白い話があります。
旅の途中、ある農家に宿を求めます。すると近所の家で泣き悲しむ声がするので尋ねると、その家の主人が亡くなった由。憐れに思った禅師はわざわざ出向き回向をします。家人は泣きながら、厚く礼を云い、悩みを話します。
「私の家は貧乏で、わずかな田畑しかないゆえに、一家七人の暮らしが出来ません。その為、悪い事とは知りながら、夫は魚や鳥や獣を獲って、ようやく飢えをしのいで来ました。病気になった夫は、その事を気に病み、生きものを殺した罪でこんな病気にもなった、極楽往生出来るだろうか、と悩んでいました」。
禅師は、罪を罪として懺悔すればそれでよい、間違いなく極楽に行く事が出来ると諭しますが、家人は納得しません。そこで禅師は、そんなに殺生の業(行為)が心配なら極楽往生の手形を書いて上げよう、と一枚の紙に一筆認めると、丁寧に折りたたんで亡者の胸の上に置き、これで極楽往生間違いなし、と云って立ち去ります。
当時、大徳として有名な一休禅師の事とて、どんな有り難い言葉が書いてあるかと、コッソリ見ると、一首の狂歌です。
つくりおく罪が須弥ほどあるならば
えんまの帳につけどころなし
殺生を重ねて極楽に行けない程の「業」が須弥山の山ほど沢山あると云うならば、閻魔大王も、きっと付け落としがあるから安心しろというわけです。
私達は生きて行く以上、何かの「因縁」で「業」を造り、「果」を受けねばなりません。
その「業」に執らわれていては、生きて行く事は出来ません。開き直って、その「業」を自分の責任として受け止めて行けというのです。
農夫の悩む姿が「不落因果」、一休禅師の閻魔大王も付け落としがあるから安心しろと云う所は「不昧因果」の消息です。
真実禅の悟りに至っていないのに知った振りして話したり、行動したりする人の禅を「野狐禅」と云いますが、この言葉もこの公案から出ています。