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不落因果 不昧因果 (無門関) ふらくいんが ふまいいんが

『枯木再び花を生ず -禅語に学ぶ生き方-』
(細川景一著・2000.11禅文化研究所刊)より

11月を表す季節の画像

 『無門関』第二則に「百丈野狐(ひゃくじょうやこ)」という公案があります。

 百丈和尚、(およ)(さん)(つい)で、一老人(いちろうじん)有り、常に衆に随って法を聴く。衆人退けば老人も亦た退く。(たちま)ち一日退かず。師遂に問う、「面前(めんぜん)に立つ者は復た是れ何人ぞ」。老人云く、「(だく)某甲(それがし)非人(ひにん)なり。過去迦葉(かしょう)仏の時に於いて、曾て此の山に住す。因みに学人問う、『大修(だいしゅ)行底(ぎょうてい)の人、還って因果に落つるや也た無や』。対えて云く、『不落因果』と。五百(ごひゃく)(しょう)野狐身(やこしん)()す。今請う、和尚一転語を代わって、(たっと)ぶらくは野狐を脱せしめよ」といって遂に問う、「大修(だいしゅ)行底(ぎょうてい)の人、還って因果に落つるや也た無や」。師云く、「不昧因果」。老人言下(げんか)に於いて大悟(だいご)す……。

 「迦葉仏」とは、過去七仏――釈尊出世までの六人の仏と、釈尊を合わせての七人の仏――の中の第六番目の仏、迦葉仏の事。「一転語」とは、たった一言で迷いを転じて悟りに入らしむる言葉。「不昧」とは、昧まさない、誤魔化さない事です。
 百丈(ひゃくじょう)懐海(えかい)禅師(七二〇~八一四)が、講座上で雲水達に向かって説法する時、いつも雲水達の後で静かに坐って聞く一人の老人がいました。
 講座が終わると老人も雲水と一緒に退出しますが、ある時、老人は退かず一人残ります。百丈和尚は不思議に思い、「一体、お前さんは誰か」と問いかけます。
 老人が答えます。「実は、私は人間ではありません。ずうっと昔、迦葉仏(かしょうぶつ)の時代、この寺の住職でしたが、ある時、一人の修行者が質問しました。『修行に修行を重ね大悟徹底した人は因果律(いんがりつ)の制約を受けるでしょうか、受けないでしょうか?』と。私は、即座に、『不落因果――因果の制約を受けない』と答えました。その答えのゆえに五百生(五百回の生まれ変わり)もの長い間、野狐の身に堕とされました。なにとぞ、憐れと思うて私に代わって正しい見解をお示し下さい」と懇願します。
 老人は威儀を正して、「大修行底の人、還って因果に落つるや也た無や」と問いかけます。
 百丈和尚、即座に、「不昧因果――因果の制約を昧まさない」と答えます。
 老人は言下に大悟して野狐の身を脱します。
 老人は何故に「不落因果」と答えて野狐の身に堕ち、「不昧因果」と聞いて野狐の身を脱する事が出来たのでしょうか。
 仏教では、もの事を生じさせる直接の原因を「因」と云い、間接的な原因、即ち因に加わる事情、条件を「縁」と云い、それによって生じるものを「果」と云い、その過程の中で、「因」が「果」に及ぼす力を「業」と説きます。例えば、一箇の豆の種子があります。これが「因」です。畑を耕し、種子をまき、水をやり、肥料を施す、これが「縁」です。芽が出て実がつく、これが「果」です。縁の働き具合で果も大きく違ってきます。悪い因でも良縁が加わればいい果が得られ、良い因でも悪縁が加われば悪果となります。しかも、その果がそのまま、果で終わるのではなく、また因となって、そこに縁が加わり果が出ます。
 これはただ単に、豆の種子の話ではありません。私達の存在のすべてがこの法則に準じているのです。私達が良きにつけ、悪しきにつけ行なった一つ一つの行為の積み重ねが、私達の現在を造っているのです。しかも、それだけでは終わりません。それが因となって、当然、果を造って行くのです。これを「因果律」というのです。
 大修行底の人でも、決してこの「因果律」を免れる事は出来ません。即ち「不落因果」でないゆえに老人は野狐の身に堕ちたのです。
 では、百丈和尚の答えた「不昧因果」とは何でしょうか。
 「因果律」の中にあって、しかもそれを越えた所、因果の中に在って、それに執らわれない消息、それを「因果を昧まさない」と喝破したのです。
 百丈和尚の「(まなこ)」からすれば、野狐の身に堕ちる事もないし、野狐の身を脱する事もないのです。「因」も一時の位であり、「果」も一時の位であって、それだけで全的な存在なのです。野狐は野狐のままに絶対的な存在です。
 老人は、因果に執らわれて因果に落ちない世界を妄想して、野狐の身を脱せんと画策した所に、五百生もの長い間脱する事が出来なかったのです。百丈和尚の「不昧因果」の一喝を聞いて、野狐は野狐でよしと悟った時、逆に五百生の野狐の身を脱する事が出来たのです。
 一休禅師に面白い話があります。
 旅の途中、ある農家に宿を求めます。すると近所の家で泣き悲しむ声がするので尋ねると、その家の主人が亡くなった由。憐れに思った禅師はわざわざ出向き回向(えこう)をします。家人は泣きながら、厚く礼を云い、悩みを話します。
「私の家は貧乏で、わずかな田畑しかないゆえに、一家七人の暮らしが出来ません。その為、悪い事とは知りながら、夫は魚や鳥や獣を獲って、ようやく飢えをしのいで来ました。病気になった夫は、その事を気に病み、生きものを殺した罪でこんな病気にもなった、極楽往生出来るだろうか、と悩んでいました」。
 禅師は、罪を罪として懺悔(ざんげ)すればそれでよい、間違いなく極楽に行く事が出来ると諭しますが、家人は納得しません。そこで禅師は、そんなに殺生の業(行為)が心配なら極楽往生の手形を書いて上げよう、と一枚の紙に一筆(したた)めると、丁寧に折りたたんで亡者の胸の上に置き、これで極楽往生間違いなし、と云って立ち去ります。
 当時、大徳として有名な一休禅師の事とて、どんな有り難い言葉が書いてあるかと、コッソリ見ると、一首の狂歌です。

  つくりおく罪が須弥(しゅみ)ほどあるならば
     えんまの帳につけどころなし

 殺生を重ねて極楽に行けない程の「業」が須弥山の山ほど沢山あると云うならば、閻魔大王も、きっと付け落としがあるから安心しろというわけです。
 私達は生きて行く以上、何かの「因縁」で「業」を造り、「果」を受けねばなりません。
 その「業」に執らわれていては、生きて行く事は出来ません。開き直って、その「業」を自分の責任として受け止めて行けというのです。
 農夫の悩む姿が「不落因果」、一休禅師の閻魔大王も付け落としがあるから安心しろと云う所は「不昧因果」の消息です。
 真実禅の悟りに至っていないのに知った振りして話したり、行動したりする人の禅を「野狐禅(やこぜん)」と云いますが、この言葉もこの公案から出ています。